敵対する二人の役柄を
どちらも歌う稀有な経験

「ウィーンの聴衆は寛大ですが、評論家はシビアで大きな影響力を持っています」

 故国ポーランドで俳優としてキャリアを積んでいたコニエチュニーが声楽に本格的に転向し、最初の頃に惹かれた役が『ニーベルングの指環』のヴォータンだった。

  「25歳からヴォータンのパートを勉強し始めました。ハンブルクの歌劇場にジークフリート・シュワブ氏というコレペティトゥール(ピアノ伴奏と歌手指導を行う役)で、音楽ヘッドコーチも務めていた方がいたのですが、彼から一対一で学ぶ中で「あなたはヘルデン・バリトン(ワーグナーの楽劇にふさわしいバリトン)で理想のヴォータンだから、この役を演じる準備をしなさい」と言っていただいたのです。今44歳ですから、19年前のことですね。実際に舞台でヴォータンを歌うまでには長い時間がかかりましたが、ずっとこの役には惹かれてきました。人生をともにしてきた役ともいえるし、歌うたびに新しいことが起こる役なんです。毎回新しい経験で、新しいスタートだと思える、進行形の役柄なんです」

 ウィーン国立歌劇場ではアルベリヒを歌っていた期間が長かったが、ヴォータンを歌い始めたとき聴衆の反応が好意的で、そのことがコニエチュニーに勇気を与えた。

 「ある意味とても寛大な反応で、ヴォータンという立派な役を歌う資格を認めてもらえたのだと嬉しくなりました。それにもまして、評論家たちが好意的だったのが嬉しかった。彼らは聴衆の世論を作る役目ですから、辛らつなことを書かれてその後人気を失ってしまった歌手もいるのです。私は役者でもありますから、歌と演技で役を表現したい。両方を見て欲しい……という情熱がつねにあります。ヴォータンのような複雑なキャラクターは、演じる側としても自分自身の可能性を色々な方向に発展させられる、めったにない素晴らしい役だと思っています」

 しかし、彼が今回東京で歌うのはヴォータンと敵対するアルベリヒ。物語の冒頭ではラインの乙女たちに醜さを愚弄され、怒りのままに黄金を盗んで富を手に入れた男の役だ。神と対照的に地面の存在であり、地底の存在でもあるアルベリヒをある日に歌い、別の日の舞台では神ヴォータンを歌う……という経験をしている歌手は、世界でも稀だろう。

 東京ではマレク・ヤノフスキ指揮、NHK交響楽団との共演となる。

 「マレク・ヤノフスキ氏はご自身が作りたい音楽が明晰で、その点で(クリスティアン・)ティーレマン氏と同じく全く妥協というものがない尊敬すべき指揮者です。歌手たちの伴奏を作ろうという気がないのですが、そのことで歌手たちにとってもデメリットはないんです。こうした我々より上の世代の指揮者は色々なことを知っていて大変勉強になるし、ヤノフスキ氏も一緒に仕事をする歌手たちが大好きなのです。NHK交響楽団も、共演を続けていくうちに本物のプロフェッショナルだと理解できました。理想のワーグナーを演奏することのできるオーケストラで、毎年どんどん良くなっています。彼らはワーグナー・スペシャリストといっていいでしょう」

2017.03.30(木)
文=小田島久恵
撮影=榎本麻美