欧州では「自分が何を伝えたいのか」を
きちんと伝えられないと厳しい

温かく誠実な演奏はファンからの支持も大きい。聴く者を幸福にする音色を奏でる。

 クラシック音楽は西洋ルーツの芸術。留学経験はないが、海外のコンクールに参加することが多かっただけに、日本とヨーロッパの文化の差を感じることもあったのだろうか?

「それはありました。コンクールにも一般の聴衆の方が聴きにいらっしゃるんですが、向こうの人たちはオープンで、柔らかい心と頭で聴いてくれるんですね。その分シビアでもあって、こちらが何をやりたいのか伝えられないと難しい。『僕はこういう風にやりたい』と表現すると『それはいいね』と反応してくださる。日本でもそういう聴衆がいないわけではないけれど、ヨーロッパではもう、はっきりと感じるんです。文化に対するディープな精神性ですね」

 では、クラシックの世界で日本人演奏家の強みはあるのだろうか?

「数日ごとに変わっていく季節感だと思います。そうした感受性がまだかろうじて死なずに残っているのなら、ひとつの音の響きで表現することもできるはずなんです。ヨーロッパの方も、何に驚くかというと日本の繊細な感受性に驚くんですよ。それをいかにオープンに表現するかが自分にとっての課題です」

 このインタビューの翌日、ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールに参加するためにポーランドに発った岡本誠司。見事上位入賞を果たし、11月に行われるリサイタルは彼にとっての凱旋公演となる。

「第一生命ホールで11月2日(水)の昼と夜に、それぞれ異なるプログラムを演奏します。昼の方は“愛とロマンス”がテーマで……これについて自分は何がわかっているのか、と突っ込みたくもなりますが(笑)、クライスラーの『愛の喜び』『愛の悲しみ』、エルガーの『愛のあいさつ』、そして、クララ・シューマンの『3つのロマンス』も演奏するのですが、夫ロベルトとも違う内側に秘めた愛を感じさせる繊細な曲です。

 夜公演は、“フランスのエスプリ”をテーマに、プーランクの『ヴァイオリン・ソナタ』、ファリャの『スペイン舞曲第1番』、ラヴェルの『ツィガーヌ』など、1時間のプログラムとなっています。お仕事帰りに立ち寄って、リフレッシュしていただけるリサイタルにしたいですね。すべてピアノの上田晴子先生との共演ですが、『伴奏』という言葉は相応しくなく、あるときは戦い、あるときは一緒になるヴァイオリンとピアノのロマンスになると思います」

 語りたい言葉が次々と溢れ出してくるタイプ。つねにハイテンションなのかと思いきや「音楽をやっていないときは、ぼーっとして無気力に近い」という。

 未知数の才能を持った、誠実で愛情深いアーティスト。同い年のピアニスト、反田恭平とは今年共演を果たし、またやろうと意気投合したと語る。「花の94年生まれ」チームだ。ポーランドでのコンクールでも、現地の聴衆に多くのファンを作って帰ってきそうだ。

雄大と行く 昼の音楽さんぽ 第8回
岡本誠司 ヴァイオリンが歌うロマンス

会場 第一生命ホール(晴海トリトンスクエア内)
日時 2016年11月2日(水) 11:00~
http://www.triton-arts.net/ja/concert/2016/11/02/2089/

630コンサート~充電の60分~
岡本誠司 ヴァイオリン・リサイタル~フランスのエスプリ~

会場 第一生命ホール(晴海トリトンスクエア内)
日時 2016年11月2日(水) 18:30~
http://www.triton-arts.net/ja/concert/2016/11/02/2090/

小田島久恵(おだしま ひさえ)
音楽ライター。クラシックを中心にオペラ、演劇、ダンス、映画に関する評論を執筆。歌手、ピアニスト、指揮者、オペラ演出家へのインタビュー多数。オペラの中のアンチ・フェミニズムを読み解いた著作『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)を2012年に発表。趣味はピアノ演奏とパワーストーン蒐集。

Column

小田島久恵のときめきクラシック道場

女性の美と知性を磨く秘儀のようなたしなみ……それはクラシック鑑賞! 音楽ライターの小田島久恵さんが、独自のミーハーな視点からクラシックの魅力を解説します。話題沸騰の公演、気になる旬の演奏家、そしてあの名曲の楽しみ方……。もう、ときめきが止まらない!

2016.10.26(水)
文=小田島久恵
撮影=山元茂樹