クリエイティブな仕事とは?

「自分の役目を楽しんで、新鮮な気持ちで臨めるようにしていきたい」という西川さん。

――おふたりはとても真摯に仕事に取り組まれていますが、CREA WEBの読者には今の仕事を続けていていいのか悩んでいるという人もいるかと思います。何か助言をいただけますか?

西川 仕事しかしたことないから、私に何が言えようか、という感じがしますね。それ以外の負荷を体験していないので。「頑張れば何だって両立できるよ」みたいなことは、口が裂けても言えません。私の場合は仕事は続けていかざるを得ないですよね、これしかないんだから。

――次に進むのは苦しいとわかっていても、進む。

西川 生きていく理由がないですからね、他に。今や。

砂田 ちょっと、ちょっと(笑)。

西川 ホントだよ。養わなきゃいけない家族もいないし、守らなければならない子供もいないのに他にやることないもの、私。映画みたいな特殊な仕事に就いているので、毎回また別のものを作らなければならないし、前より「いいね」と言われるものを作らなければ意味のない産業ですから。挑戦する体質なのではなくて、挑戦することが義務なんですよ、自分の。仕事を続けていく限りは。

――気持ちよくない仕事はすべきではない、ということをおっしゃっていましたが。

西川 うーん、こういう業界は特にそうだと思うけれど。そういえば「クリエイティブな仕事などないのだ」っていう話、是枝監督から聞いたことある?

砂田 あります。

西川 誰の言葉だったっけ?

――テレビマンユニオンの萩元晴彦さんの言葉ですね。

西川 あ、そうですね。「クリエイティブな仕事とクリエイティブでない仕事があるわけではない。その仕事をクリエイティブにする人間としない人間がいるのだ」という言葉。どんな仕事も取り組み方次第で非常に創造的にもなるし、逆もそう。私のような仕事は職業自体がクリエイティブと思われているかもしれないけれど、そうではなくて、自分の役目をより楽しんで、より自分も新鮮な気持ちで毎回臨めるようにはしていきたいですね。仕事をする限りは。家庭生活とか子供を育てたりという経験は私にはないですけれども、きっとそういう生活においても同じことではないのかな、と。

砂田 私も西川さんと同じ考えです。こういう仕事って、何か特殊に見られることが多いですけれど、毎日電車に乗って会社に行っている方と、努力すべき点は同じだと思うんです。「分福」にいて何が刺激的かというと、先輩たちの働く姿が見られる。それも、是枝さんはじめ一流の仕事をしている人たちが、日々、机に向かって黙々と作業しているのをずっと見てきたんですよね。彼らは、西川さんもそうですけれど、怠けていない。毎日毎日机に向かっている。

西川 (笑)

砂田 今、いい話をしているんですよ。本当に、このウォークイン・クローゼットの中で、西川さんは黙々と仕事をしている。このクローゼット(対談している部屋の隣室)、西川さんの書斎なんです。その姿を見てきて、こんなに努力が必要な仕事なんだ、と改めて思ったんです。当然、楽な仕事なんてないし、女性だから難しいとか簡単ということもなく、日々の積み重ねがなければ、その先に何も作れないということは、年々感じるようになってきているので。同時に、自分がどういう環境に身を置いたら希望が持てるのか、ということには貪欲になってきていますね。私が本当にラッキーだったのは、いい監督たちにつけたこと。自分は絶対にこの監督のもとで仕事をするべきだ、と思ってやってきたので。さっき西川さんが、仕事をどう選ぶかっていう話をしていましたけれど、同じように、自分がどういう場所で、誰と仕事をしていくかについては貪欲に、いくらでもずるくなっていいと思います。

――頑張るためには耐えなくちゃ、と言われがちですが、選んでも、ずるくなってもいい。

西川 でもね、我慢をするって危機回避でもあるから。我慢をしなかったときに危険が待っているから、我慢をするわけですよね。だから、これ! って思ったものに対して耐える瞬間というのは大事ですけれど、なんかこう、我慢を理由に、実は飛び越えることを避けているんじゃないか、そこから逃げているという部分も多分あるんじゃないか、というふうには思いますね。

――リスクをとらないことを、自分に言い訳している。

西川 そうですね。

――ところで、そんな素晴らしいキャリアをお持ちのおふたりの作品にダメな男ばかりが出てくるのはなぜなんでしょうか?

西川 そんな人しか、周りにいなかったから。

砂田 だから私、本を貸しちゃったんですよね(笑)。

西川 貸してもらってないよ(笑)。

――おふたりともいろいろ見極める目を持っていそうに思えるんですが。

西川 見えてない、見えてない。自分が書いた通りのことを日常生活に反映できていれば、もっと違うよね?

砂田 本当にマズい。

西川 でも、自分の人生に屈託があったほうがいいと思いますよ。そういうのが全部悟れたら、私たちは逆に商売のネタがなくなるので。うまくいかないな、って思っていればいるほど、ネタに尽きないので、それでいいんじゃないかな。

――引っかかりのない人生ならば、小説や映画を作ろうとは思わないでしょうね。

砂田 私が私生活のこととかで愚痴ると、西川さんに「それ書けばいいじゃん」って言われるんです(笑)。「それが私たちの仕事でしょ」って。西川さんに言われると、そうかなと思って。それで実際に書き始めたものも、ありますからね。

西川 自分の知らない感情は書けないので。いろんなところで、そういうものは有効利用していますね。

――では最後に、お互いに向けての一言をお願いします。

西川 フィクション映画デビュー、お願いします。来年、頑張ってください。

砂田 大いなるダメ出しをよろしくお願いします。愛のあるダメ出しを。

 ふたりの、永い、永い対談はひとまずこれにて終了。しかし、映画を撮ること、小説を書くことは、これからも続いていくに違いない。退屈な時間も、屈託も、糧にして。

西川美和(にしかわ・みわ)
1974年、広島県出身。早稲田大学在学中に是枝裕和監督作『ワンダフルライフ』(1999)にスタッフとして参加。フリーランスの助監督として活動後、『蛇イチゴ』(2002)でオリジナル脚本・監督デビュー。長編2作目となる『ゆれる』で第59回カンヌ映画祭監督週間に出品、第58回読売文学賞戯曲・シナリオ賞ほか数々の賞を受賞。撮影後に初の小説『ゆれる』(ポプラ社/文春文庫)を上梓。映画作品に『ディア・ドクター』(2009)『夢売るふたり』(2012)、小説作品に『きのうの神さま』(ポプラ社)『その日東京駅五時二十五分発』(新潮社)『永い言い訳』(文藝春秋)など。2016年10月14日(金)より最新映画『永い言い訳』が全国公開。

砂田麻美(すなだ・まみ)
1978年、東京都出身。初監督作品のドキュメンタリー映画『エンディングノート』(2011)で日本映画監督協会新人賞を受賞。2作目となる『夢と狂気の王国』(2013)では『風立ちぬ』制作中のスタジオジブリに1年間密着。監督業と並行して小説『音のない花火』『一瞬の雲の切れ間に』(ともにポプラ社)を上梓。『一瞬の雲の切れ間に』は、“「本の雑誌」が選ぶ2016年上半期ベスト1”に選ばれた。

『永い言い訳』
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(本木雅弘)は、妻・夏子(深津絵里)が旅先で不慮の事故に遭い、親友とともに亡くなったと知らせを受ける。その時不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対して悲劇の主人公を装うことしかできない。そんなある日、妻の親友の遺族――トラック運転手の夫・陽一(竹原ピストル)とその子供たちに出会った幸夫は、ふとした思い付きから幼い彼らの世話を買って出る。子供を持たない幸夫は、誰かのために生きる幸せを初めて知り、虚しかった毎日が輝き出すのだが……。
(C)2016「永い言い訳」製作委員会
アスミック・エース配給
2016年10月14日(金)より全国ロードショー
http://nagai-iiwake.com/

永い言い訳

著 西川美和
本体650円+税 文春文庫

» 立ち読み・購入はこちらから(文藝春秋BOOKSへリンク)

一瞬の雲の切れ間に

著 砂田麻美
本体1,400円+税 ポプラ社

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