【KEY WORD:凍土壁】
福島第一原子力発電所の凍土壁が問題になっています。「凍土壁が完全に凍っていない」という報道に、「事故を起こした原子炉から汚染水が流れ出しているのでは」と不安を感じている人も多いでしょう。そういうイメージで捉えられがちなのですが、凍土壁に関してはこれは完全な誤りです。
福島第一原発の原子炉の底には、溶け落ちた核燃料があり、これを取り出すのにはまだ長い年月がかかります。そして山の方から地下水が流れ込んで燃料に触れ、高濃度の汚染水をうみだしているのも事実です。ただ、この汚染水はそのまま海に流れ込むことはありません。事故の後、海沿いに鋼管をたくさん並べて打ち込み、汚染水が海に流れ込まないようにしました。これが「海側遮水壁」と呼ばれるものです。
この海側遮水壁を設置するのとともに、汚染水は汲み上げられています。汚染水は放射性物質を除去する装置を通しており、ほとんどの放射性物質は取り除かれています。ただトリチウムという核物質だけは取り除くことができず、これを溜めたタンクが増え続けているというのが現状なのです。
じゃあ凍土壁は何をしているのでしょうか。4つの原子炉をぐるりと囲み、地下水が原子炉の地下に流れ込まないようにしているのです。地下水が流れ込まなければ、汚染水がこれ以上増えることもないから、タンクの増加を抑えることができるのです。
完全に水をシャットアウトしない仕組み
凍土壁はどういう仕組みになっているのかというと、地面に一定の間隔でパイプを打ち込んで、マイナス30度に冷やされた冷却液をこのパイプの中に循環させています。これによってまわりの土が凍れば、水の出入りがなくなるという設定なのですが、実際には完全には凍らず、地下水が流入してしまっているのが問題になっています。
ただこの問題を知るうえで気を付けなければならないのは、凍土壁は「完璧に地下水流入をシャットアウトする」ということは狙っていません。もし完全シャットアウトするのなら、海側遮水壁と同じように鋼管を並べて打ち込めばいいのです。
なぜ鋼管にしなかったのかと言えば、実は完全に水を遮断してしまうと、逆に高濃度汚染水が外に漏れ出してしまう危険性があるからなのです。
どういうことでしょうか。流入する地下水がなくなると、原子炉のある建屋の内側の水位が下がってしまい、そうすると水圧も低くなって、原子炉の奥に溜まっている高濃度汚染水が外に流れ出すということなのです。それを防ぐためには、つねに一定量の地下水が原子炉側に流れ込んだ方がいい。なので、完全に水をシャットアウトしない凍土壁が選ばれたということなのですね。
福島第一原発の廃炉までには、まだ長い年月が必要です。この作業をこれからも見守っていくためには、このような科学的知識をわたしたちの側もきちんと身につけていき、学んでいくことがとても大切だと思います。
佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/
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2016.09.26(月)
文=佐々木俊尚