名前から想像されるオタク的感性は希薄

伊藤 10代のアーティスト、バンドと合わせて「閃光ライオット」「SCHOOL OF LOCK!」は最近よく耳にしますね。実は彼のウワサはかなり前から聞いていました。最初に彼を知ったのはリリック・ラボ〈外部サイト〉にいる高校生のリリシストから聞いたのがきっかけなんですが、彼女は、日本初の“作詞エッセイ”『作詞力』(伊藤涼著)〈外部サイト〉の発売記念で開催した公開作詞コンペに応募してきた女子高生です。なかなか“病んでる系”のエッジの効いた詞を書くんですけど、そんな彼女がリスペクトしているのが“ぼくりり”でした。すぐにYouTubeでチェックしたんですが、「ヤバいのが出てきたな!」って印象もちました。

山口 伊藤さん主宰の「リリック・ラボ」にはアンテナ高い人がいますね。若い世代と向き合う機会があると、見落としがちな情報が入ってきますよね? 僕も4年くらい前から、人材育成に一定の時間を割くようになったのですが、「教えることは教わること」だというのを実感しています。作曲家育成の「山口ゼミ」〈外部サイト〉でも、新時代型のプロデューサーを育てる「ニューミドルマン・ラボ」〈外部サイト〉でも、若い世代から受ける刺激は、間違いなく僕にとっても、仕事の糧になっています。

伊藤 Ultronと向き合っていると、大人だからこそ見落としがちな情報をキャッチできる! “ぼくりり”は、もっとオタク的な音楽性とリリック、ニコニコ動画、ボカロP的なものをイメージしていたんですけど、聴いてみると普通にカッコイイ。むしろ懐かしさを感じるというか、Ultronにとっては80年代から90年代の音楽は完全に一周してしまっている。でもリリックの一部「ここに朝は来ない 枯れていく脳内 ぼくら言葉越しにでしか解れない」なんかを聴くと、80~90年代にはなかったフレーズ。間違いなくエクスプレッションはアップデイトされていると実感しますね。

山口 外部現象を吸収して、自分の身体と脳味噌でフィルターを掛けて、3~5分間のポップソングのフォーマットとしてアウトプットするという形式は、50年前から変わっていないと思うのですが、そのやり方がオーソドックスなだけに、イマドキな時代感を印象付けられます。

伊藤 なるほど。

山口 インターネット以前は、その時にマスメディアから流れている新曲との出逢い、音楽に詳しい人の情報を得て、過去作品を聴くという形でしたが、インターネット検索技術の向上とYouTubeなどのUGM(ユーザージェネレイテッドメディア)の浸透で、80年代の曲も90年代の曲も今月の新曲も、ウルトロン世代的には、同値なんですよね。同人音楽など一部のコミュニティだけで有名な楽曲もある。でも地上波テレビの「ミュージックステーション」も、ニコ動の投稿動画もスマフォで観れば、同じ「動画コンテンツ」でしかない。ニコ動の楽曲が、Twitterのトレンドになっていたりすれば、そっちの方が「メジャー」な存在感として受け止められる。“ぼくりり”もそんな時代を体現して、彼なりに「王道」の表現をしている。そして才能があった。そんな印象を受けます。

2016.07.15(金)
文=山口哲一、伊藤涼