幼い頃から魔女に憧れてきたという文筆家・伊藤亜和さん。新刊『魔女になりたい』では、母や友人など、孤独や傷を抱えながらも気高く生きる女性たちを描いています。心に刺さった棘との付き合い方、そして異なる考えを持つ他者と向き合う姿勢についてお話を伺いました。

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個人の人生を生きることを肯定したい

――『魔女になりたい』には、お母様をはじめご友人など様々な女性たちが登場します。彼女らは、伊藤さんを励ますだけでなく遠ざけたり、時には傷つけたりする存在でもありますよね。そんな彼女らを「魔女」として書きたいと思ったのはなぜですか?

 私を含め、この本に登場する女性たちって、もともとの性格であったり、容姿であったり、生まれ持った特性によって集団から外れてきた人間たちだと私は勝手に感じています。

 最近は、「一つの目標に向かってみんなで連帯して手を取り合いながら頑張ろう」という風潮がありますよね。それはとても大切なことだと理解しつつも、私自身、大人になった今も、集団の中での振る舞い方がよくわかっていなくて。今さらそこを頑張るのも厳しいな、というのが正直な気持ちです。集団としてより、個人がどう生きているのか、その文脈を汲み取りたい。自分個人の人生を勝手にやっていくことをささやかに肯定したい、という気持ちがどこかにあったんじゃないかと思います。

――エッセイの合間に収録されているショートストーリーでは、棘が刺さっていることが魔女の証として描かれていますね。

 例えば誰かに裏切られたと感じたり、何かに失望したりしたときに、自分の内側に生まれた感情は、時間が経つことでだんだん大きくなったり、別の形に変質したりしていくこともある。そして最後には、自分の思考や行動まで支配して、自分自身を苦しめるものになってしまうかもしれない。その危うさを、棘というモチーフに込めています。

――伊藤さんは、その棘が刺さってどんどん化膿してしまっていると感じたときはどうしますか?

 棘の大きさにもよりますが、こうやって文章を書く仕事をしていると完全に抜いてしまってはいけないような気がするし、痛みを感じることが人間たる所以でもあると思っているので、付き合い方が難しいですよね。見ないふりはしないようにしています。痛みを認めたうえで、自分の思考を整えて、日々暮らしていくのが大切なんじゃないかな。

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