「ずいぶん、気楽なご身分じゃないの」
都内の一軒家といっても、二十三区外の三階建て、中古住宅だ。駅から歩いて十分くらいなこと、スーパーや青果店が立ち並んだ商店街が近くにあることが利点で、今ほど不動産の値段が上がる前の、十五年ほど前に買ったから、百平米近くあっても五千万円以下だった。一階に夫婦の寝室とバスルーム、二階にキッチンとリビングダイニング、三階に二部屋の子ども部屋がある。
とはいえ、夫は管理職になる前まで転勤が多く、敦子は寝室を広々と使うことができたし、尚人が出て行ってからは夫がその部屋に移った。家族でみちみちと住んだ日々はあまりない。二人が大学生と社会人の数年間だけ。
あのころ、高校や大学を出てから気が緩んだのか、朝が遅い二人の子に「早く起きなさいっ、今夜の夜ご飯はいるの? お弁当が必要なら前の日に言いなさい、お風呂に入りなさい!」といつも声をからしていたような気がする。
本当に、いつまで親の家にいるの? なんて言っていたのに、気がついたらさあっと水が引くように家には誰もいなくなっていた。
今、敦子は一階の寝室に寝起きし、三階には誰もおらず、夫と悠華の荷物がかなり残っている。尚人は自分の荷物はちゃんと持って出ていき、いらないものは処分した。あまりにもしっかりしすぎていて、ちょっとさびしいくらいだった。
「ずいぶん、気楽なご身分じゃないの、うらやましい」
その状況を大学時代の友だちに話すと、皆、一様にそう言った。
友だちの中にはまだ、子どもが中高生の人もいるし、夫が年下で働き盛りの人もいる。さらに離婚を経て、シングルマザーの人もいた。同じ五十五歳でも状況はずいぶん違う。夫が退職した、子どもたちが独立したという、なんとなく手持ち無沙汰な感覚はまだ彼女たちには伝わらない気がした。
高校受験の話を熱心にしている様子を見ながら、彼女たちはまだ現役なのだと思った。たった五つ年上の夫と結婚しただけで、自分ももう、老後にさしかかったような気がした。
いや、本人は現役ばりばりの気持ちのまま海外赴任している。
配偶者である自分の方が老けたのかもしれない。
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朝、七時に起きるのはゴミを八時までに出さなくてはならないきまりだからだ。週に二回、燃えるゴミ、週に一回の資源ゴミ、二週に一回の燃えないゴミ。
いずれも家から少し歩いたところにある集合住宅の前に出しておけばいいのだが、前の晩から出しておくのは御法度で、絶対に遅くとも八時過ぎには出さなくてはならない。八時半にはゴミ収集車がやってくる。
ただ、このゴミ出しの時間がなければ、自分の生活はもっとだらしなくなるだろう、と敦子は少しありがたくさえ思う。
ゴミ出しを終えると、テレビをつけて朝のニュースを観ながら自分の朝ご飯を作る。バターを塗ったトースト、コーヒー、フルーツ、ヨーグルトなどの組み合わせが一番多いが、時にはその日の気分でご飯と味噌汁、納豆の和食にしてみたり、目玉焼きとベーコンを焼いてみたり、ピザトーストやサンドイッチを作ったり、いろいろやっている。
キッチンの広さはだいたい三畳ほどで、二十畳のダイニングを一目で見渡せる、対面式になっている。三口のガスコンロに魚焼きグリルとシンク、六十センチ四方くらいの調理台、という国内メーカーのシステムキッチンだ。コンロに向って背中側は、上に四つの棚、下に二つの棚と二つの引き出しがあり、その間に炊飯器や電子レンジなどが置けるようになっている。棚の横には冷蔵庫が置いてある。
棚の扉などは濃いブラウンで統一されており、落ち着いた雰囲気だ。棚の中にはぎっしりと食器や台所用品が詰まっている。日本の建売住宅の平均的な台所ではないかと思うが、最初にここを買った時には嬉しかった。
それまで転勤が多く首都圏では社宅、地方や海外では借り上げの部屋に住むことがほとんどだった。自分で家やキッチンを選べたことはなかった。
この家だって、予算と場所、広さや家族の意見で決めたわけで、キッチンを理由に決めたわけではないが、ここの台所でやっと落ち着ける、自分の台所なのだと思えた。それまではどこか借り物だったから。
しかし、今、キッチンに立っても、ときめきや喜びは特にない。汚れているわけではないが、そこそこ古びてきたし、食器洗い乾燥機がないこと、それを置く場所もないことも不満だ。そろそろガスコンロをリフォームしてもいいかなと思いつつ、次は電化した方がいいのだろうか、と迷い出すとおっくうで手をつけられない。
食洗機がなくても一人分の食器を洗うくらいなら手間はない。でも夫が戻ってきて自分が年老いたら、だんだんつらくなるかもしれない。まあ、そうなったら、彼にも皿洗いくらいはしてもらうようにしなければね、と思ったりする。いつになるかわからないけれど。
朝ご飯を食べたあと、テレビはつけっぱなしで、ネットや元は夫が取っていてそのまま取り続けている新聞、広告チラシを一通り見る。
敦子は一応、仕事を探している。
することもないし、老後のことを考えたらお金はいくらあってもいいと思う。家で一人分の家事をするだけでは身体もなまってしまう。しかし、敦子の年齢と条件ですぐに応募できそうなのはスーパーのレジ係や清掃員ばかりで、なんとなく気が進まない。
スーパーのレジであるなら敦子がいつも通っている店でも募集していて、時給千三百円というような金額……高校時代、時給五百円でアルバイトした経験があるものにとっては驚きの……が載っているのも見る。
いざとなったら、あそこで働けばいいわ、となんの根拠もなく思っているからか、なかなか行動ができない。採用されるかもわからないのに。
実は一度だけ、数駅離れた場所の歯科医院の受付のパートに応募したことがあるのだが、面接を受けることもなく落ちた。ただ、その経験だけで、敦子は「仕事を探している」と家族や友だちに話すことにしている。
こうして、新聞の求人欄や求人チラシを見ているとふっと夫の言葉が思い出された。
「……働けばいいじゃないか」
夫がアフリカに渡る前夜、「退職したら旅行にでも行けると思ったのに、暇になるわ」とつぶやいたところ、そう言われた。
「旅行? それなら一人でも行ってくれば?」
「だって、それじゃ、つまらないし」
準備や計画、ホテルや交通機関の予約も面倒だ。
「友だちとは?」
「皆、まだ、子どもの手が離れてないから」
夫はそこで少し黙った。
「しばらく、することもないわ」
敦子が何の気なしに言うと、言ったのだ。じゃあ、働けば、と。
それから存外、真面目に仕事を探してしまっている。というか、探しているふりを真面目にしている、というか。
別にそれが必要でなくても、夫の言葉に影響されてしまっている自分がいる。
