ミュージシャンのみならず、幅広いジャンルで活躍してきた近田春夫さんが、半世紀を超えるそのキャリアにおいて交遊を繰り広げてきた錚々たる女性たちとトークを繰り広げる対談シリーズが、「おんな友達との会話」。
6人目のゲストは、日本を代表するファッションデザイナー、コシノヒロコさん。2026年7月26日(日)まで開催されている『(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO-新説/真説 コシノヒロコ-』展の会場である東京都現代美術館にお邪魔して、89年の半生と創造性の深奥に迫る。
ヨーロッパを席巻したジャポネスクの衝撃
コシノ 日本人は、人が着ているから私も着ようっていう考え方をしがちじゃないですか。人が着ていないものを着るのは恥ずかしいと感じるところがある。
近田 同調しておこうという意識が強いですもんね。
コシノ でも、私は、人の着ていないものを着たいという気持ちが強いんです。オリジナリティに対する執念がある。
近田 この展覧会を見て、その思いはずーっと一貫してらっしゃるんだなと、痛いほど実感しましたよ。
コシノ 私がヨーロッパに進出した1980年前後といえば、あちらの洋服って、割と固いものばかりだったんです。西洋文化では、何でもきちっと形を作るという考え方が基本にある。洋服にしても、彫刻的にデザインされていますよね。
近田 確かに、何というか、あらかじめ構築されている感がある。
コシノ それに対し、私たち日本人は紙文化がルーツにあるので、フラットなものをどうやって立体的に見せるかという風に考える。そこで、私が、布を体に巻くようなコンセプトの洋服を発表したものだから、とても珍しがられまして。
近田 根本的な思想が違ったんですね。
コシノ 1978年に行ったローマのコレクションでのショーでは、スタンディングオベーションが鳴り止まず、その後、有名なファッション誌「ハーパース バザー」では30ページもの特集が組まれました。
近田 相当なカルチャーショックを与えたんでしょうね。
コシノ ええ。本場にヨーロッパ的な洋服を持って行ったところで勝ち目はない。だから私は、徹底的にジャポネスクの感覚を自分の武器としました。ジョルジオ・アルマーニやジャンフランコ・フェレがそれを見て、かなり影響を受けたようですよ。そこから、ジャポネスクが世界のファッションを席巻することになりました。
