独立後、“干された”理由とは…
近田 その後、1990年にはナベプロから独立します。理由は何だったの?
小柳 あれは、その直前の結婚が理由だと誤解されることが多いんですけど、違うんですよ。私の現場にマネージャーがつかなくなって、独立を決意したんです。
近田 そりゃ事務所を抜けたくもなるよね。
小柳 独立後、2年ほどはテレビやラジオのキー局に出られず、東京での仕事のない時期が続きました。どこかの局から出演オファーが入って、マネージャーと一緒にありがたいなあと思っていても、1週間ぐらい前になると、キャンセルされるんです。
近田 それは恐ろしい。俗に言う、「干される」ってやつだね。
小柳 その時に助けてくれたのが、地方のイベンターなんですよ。「ルミ子ちゃんが困ってるんなら、以前お世話になった俺らが助けてやろうぜ」って、彼らが一肌脱いでくれて、もう営業が入りまくった。
近田 ルミちゃんは楽譜が読めたし、しっかりしたミュージシャンシップの持ち主だっただけあって、デビュー当時から、地方の興行主やバンドマンからの支持には絶大なものがあったって話してたもんね。
小柳 だから、お金には全然困りませんでした。その後、私のことをずっと気にかけてくださっていた芸能界のとある大物の仲介があって、東京の業界との関係は無事修復されたんです。
近田 いやあ、山あり谷ありの芸能人生だねえ。長大なキャリアの半分ぐらいまでしかたどり着いていないけど、続きはまたの機会にうかがうことにしましょう。
小柳 私、芸能界に入って55年が経ちますけど、胸を張って言えるのは、どんな問題からも逃げることなく生きてきたっていうことなんですね。嫌なことも苦しいことも腹が立つこともいっぱいあったけど、すべて真正面からぶつかって、自分で突破口をこじ開けてきた。
近田 重みに満ちた発言だよ。
小柳 人間って、言い訳したり、誰かのせいにしたり、嘘をついたりしようとするじゃないですか。すると、全部が逃げるだけの人生になってしまいますからね。
