「感覚の蘇生」を掲げ、“香りの島”淡路島を拠点に活動するアーティスト・和泉侃(いずみ かん)。インタビュー前篇では、淡路島へ移住しオルタナティブレーベル「SCEN(セン)」のストアオープンへ至った経緯、オリジナルジン「エッセンシャル・ジン」誕生までの話を伺った。後篇では、和泉さんの香りの原体験や、淡路島でのこれからについて。

》【前篇】調香のプロが手がけた「エッセンシャル・ジン」が味わえる淡路島の「SCEN」を読む

» 香りに対する感じ方はさまざまで「すべて正解」
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香りに対する感じ方はさまざまで「すべて正解」

――そもそも和泉さんは何をきっかけに香りの世界に入ることとなったのでしょうか。

和泉侃さん(以下、和泉):高校生まではテニス少年でした。ひとつのことに熱中してしまう性格でかなり頑張っていたのですが、ある時、自分の限界はここかもしれないと感じ、この道とは違う次の道へ進もうと決めました。とりあえず大学へ進学し、何をするにも自分なりの目標を設定して、そこに楽しさを見つけながら過ごしていたのですが、当時はまだ、心から没頭できるものには出会えておらず、ずっとテニスに代わる何かを探し続けていた感覚があります。

 「香り」に目覚めた原体験は、秋口に大学への通学路で金木犀の香りを感じた時。ふと母親のことを思い出したのです。特に母親に金木犀の印象があったわけではないんですが(笑)。また、革ジャンの匂いからは、仕事柄家庭を離れることが多かった父のことを鮮明に思い出したこともありました。

「嗅覚は記憶に直結する」とよく言われていますよね。過去の経験や記憶、色々な感覚……。そういったものがすべて凝縮されて、香りの感じ方が形づくられていく。だから同じ匂いに対しても柔らかい・固い、赤い・青いと違う感じ方があることは自然で、すべて正解なのです。

 その人の個性や経験すべてが香りの感じ方(感性)につながるーー勝ち負けがすべてのスポーツの世界に生きてきた僕の価値観とは真逆であり、とても新鮮に感じられました。その瞬間、自分の中で見失いつつあった身体感覚がちょっとずつ戻ってきたように思えたんです。この感覚を周囲の方々と共有していきたいと、すぐに大学を辞め、香りの世界に真剣に向き合うことを決意しました。作家としてずっと掲げてきたテーマ「感覚の蘇生」というのは僕の原体験から来ているものなんです。

――「感覚の蘇生」という言葉の解像度が上がった気がします。香りにはそんな効果があるものなのですね。

和泉:香りは0.2秒で脳に伝わるとされています。しかもその情報の90%以上がダイレクトに届くため、右脳がとても活性化されるのです。右脳を普段動かしていない現代人は、危険を察知するなどの動物的感覚が退化している状態。都会の人は冷たい、なんてよく言われますよね。それは都会の人が自然の香りから遠ざかることにより相手の立場に立って想像する想像力の欠如につながっているのではと考えられます。現代病とも言えるこの状態は、少しずつでも嗅覚の意識、そして人間らしい想像力を取り戻すことで、改善へと向かうのではないでしょうか。その先にはより優しい世界があると信じています。

 オリジナルで製造したクラフトジン「エッセンシャル・ジン」はそのアプローチの手段として捉えています。ジンを通じて交流の場をつくり、人間関係を構築していく。実際に多くの人が集まる場を創造するということは、身近でありながらこれまでやれていなかったので、今いちばん注力していきたいことです。

 プロダクト制作をしているだけでは、売り上げなど数字でしか評価が分からない。でも店舗を構えたことによって目の前でお客さんのリアクションを見ることができるようになりました。直接的な関係性が、人間らしい交流につながっていくのだと実感しています。

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