ミュージシャンとしてのみならず、幅広いジャンルで活躍してきた近田春夫さんが、半世紀を超えるそのキャリアにおいて親交を重ね、交遊してきた錚々たる女性たちとトークを繰り広げる対談シリーズ「おんな友達との会話」。

 4人目のゲストは、イラストレーターのこぐれひでこさん。実は、近田さんとは半世紀を超える親交を続ける仲である。対談を行った場所は、相模湾を見下ろす景勝地、横須賀は秋谷にあるこぐれさんのご自宅。夫君の売れっ子フォトグラファー・小暮徹さんも交えた対話の様子をここにお届け。


70年代に誕生したユートピア計画「さくらんぼ運動」

こぐれ そして、私たちは、1972年の4月にパリに移住したのよ。

近田 こぐれひでこ・小暮徹夫妻といえば、パリ帰りがひとつの代名詞みたいなものだけど、そもそも、何でまたパリで暮らすことになったの?

 渋谷の南平台にあった「アップルハウス」って分かる?

近田 はいはい。編集者の森永博志なんかがたむろしてた、一種のコミューンだよね。あれはそもそも、確か、ビートルズのファンの組織である「ビートルズ・シネ・クラブ」が母体になったんだっけ。

 そうそう。浜田(哲生)とか高橋(孝雄)といったメンバーが中心になって運営されてたの。俺もさ、あそこでちょっとデザインを手伝ったりしてたのよ。

こぐれ アップルハウスのメンバーは、東京キッドブラザースを主宰してた東由多加と仲が良かったの。

 その東がさ、「さくらんぼ運動」っていうのを始めたんだよ。

近田 さくらんぼ運動?

 成田空港開港への反対闘争を通じて、一種のユートピアを建設するという夢が芽生えたわけ。大勢の若者たちを集めて、その一人ひとりが会費を払って1坪ずつだったかの土地を購入し、理想の共同体を築くというプロジェクトだった。

こぐれ そして、鳥取県の佐治村にその「サクランボ・ユートピア」をオープンすることになった。その前に、キッドブラザースが海外公演を打つタイミングで、この運動に賛同した若者300人以上を連れてヨーロッパに渡航し、現地で彼らを解放、3カ月後にまた会おうという試みが行われたのよ。

 あの旅に関しては、クレージーキャッツの映画で有名な古澤憲吾監督が同行して、放浪する若者たちの様子をドキュメンタリーとして記録してたはず。それを依頼する関係で、お金を集めるために、テレビマンユニオンに行った記憶がある。

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