洋裁学校に通いながら…手作りミニスカで教壇に立った日も
近田 その仕事はどのぐらい続けたの?
こぐれ 1年間。それと並行して、洋裁学校にも通ってた。
近田 じゃあ、その時はしっかりと将来を見据えてたのね。
こぐれ 自分で作ったミニスカートはいてスクーリングやってたら、校長先生に怒られたけど(笑)。
近田 その頃、徹ちゃんの方はどうしてたの?
徹 俺は、大学院に進んだんだけど、その傍ら、友達の紹介を受けて、本郷高校のデザイン科に週3、4回、講師として美術を教えに行ってた。
近田 2人揃って先生をやってたのね。
徹 ただ、それだけじゃ金が足りなくて暮らしていけないからさ、郵便物を車で輸送したりとか、いろいろなアルバイトもやってたよ。
近田 結婚してからは、どこに住んでたの?
こぐれ 大学を卒業した私が、小金井から西武新宿線の新井薬師前に引っ越したら、ある日、そこにボストンバッグを持った男がやってきた。
近田 それが徹ちゃんだったのね(笑)。
こぐれ その後は、同じ西武新宿線の沼袋で2回引っ越した後、都営住宅の抽選に当たって、平井の新築の物件に住んだのよね。夫はまだ学生で……ということで、低所得者向けの住宅に住むことができた。あれが、1971年のことだった。
徹 2DKで、家賃は3,580円だった。
こぐれ 東京に来てから初めてお風呂のついた家に住んだんだけど、風呂桶が備えられてなかったのよね。
近田 自分で用意しなきゃならないんだ。
徹 ちょうど、何となく写真をやり始めた時期だったから、そこは暗室として利用することにして、相変わらず銭湯に通う生活を続けたんだよね。
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こぐれひでこ
1947年、埼玉県生まれ。東京学芸大学卒業後、渡仏し、パリで生活する。帰国後は、自らのアパレルブランド「2CV」を設立し、デザイナーとして活動した後、イラストレーターに転身。食やライフスタイルに関するイラストやエッセイを執筆し、多数の著書を発表する。現在、ウェブサイト「ROOMIE」にて、2000年から続く長寿連載「こぐれひでこの『ごはん日記』」を毎日更新中。夫は、雑誌や広告の第一線で活躍する著名フォトグラファーの小暮徹氏。
https://www.roomie.jp/rkfeature/kogure-hideko
近田春夫(ちかだ・はるお)
1951年東京都世田谷区出身。慶應義塾大学文学部中退。75年に近田春夫&ハルヲフォンとしてデビュー。その後、ロック、ヒップホップ、トランスなど、最先端のジャンルで創作を続ける。文筆家としては、「週刊文春」誌上でJポップ時評「考えるヒット」を24年にわたって連載した。著書に、『調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝』(リトルモア)、『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』『グループサウンズ』(文春新書)などがある。最新刊は、半世紀を超えるキャリアを総覧する『未体験白書』(シンコーミュージック・エンタテイメント)。
X @ChikadaHaruo
