22歳で結婚、週に3回美術を教える先生に

近田 卒業後はどうしたの?

こぐれ すぐに結婚しちゃったの。3月に卒業して、6月には籍を入れたから。

近田 何か仕事には就いてたわけ?

こぐれ 私は、週に3回、科学技術学園工業高校(現・科学技術学園高校)というところで美術の講師を務めてたの。

近田 へえ、初めて名前を聞いたけど、どういう学校なの?

こぐれ 運営母体は、日本科学技術振興財団。この財団は、東京12チャンネル(現・テレビ東京)を設立した組織でもあるんだけど。

近田 はいはい、思い出したよ。テレビ朝日がもともと日本教育テレビ、略称NETテレビとして教育専門局という建前でスタートしたように、東京12チャンネルも、そもそもは科学教育を主とする局としてオープンしたんだっけね。

こぐれ そう。だから、12チャンネルの開局当初は、科学技術学園工業高校の授業放送がメインだったのよ。

近田 そのままだと経営が立ち行かず、なし崩し的に普通の民放に転換したんだよね。NETにしてもそうだったけどさ。

こぐれ 今も成城にあるその学校に在籍していたのは、中学を出て日立や東芝といった会社に就職した人たち。そういう会社員が高卒の資格を取るために設けられた単位制の学校だったのよ。基本的には通信制だから、授業を行うのは学校に限らない。日立とか、それぞれの企業にスクーリングに出向いたりもしたっけ。

近田 どういうことを教えてたの?

こぐれ 何か絵の課題を与えて、提出された作品に対して添削を行ったり。電球1個を描いてもらったりもしたなあ。

近田 ああ、日立とか東芝だけにね(笑)。

こぐれ 今考えると、斬新な課題だったかも。

次のページ 洋裁学校に通いながら…手作りミニスカで教壇に立った日も