ミセス大森元貴が「メイク」という武装で手にしたもの
レディー・ガガが自分の音楽を聴いてもらうためにステージで脱ぎ始めたのは有名な話。でも実力は本物だからそれが功を奏した。
才能や魅力に気づかせるきっかけが、今この時代には必要で、ミセスの場合もメイクが一つのフックになった。でもさらに重要なのは、大森元貴はあどけなさの残る少女顔だからメイクがとてつもなく似合うこと。
本人も自覚があるから手を変え品を変え、チャレンジメイクで悦に入り、結果どんどんきれいになる。演技も天才的だから、メイクも演じる才能の一つであることを、まざまざと思い知らせた。
賛否の否は多少あれども、彼はメイクで自らを進化させるタイプと見た。
美容は、後ろめたい、恥ずかしい……から半世紀。そのネガティブがどこから来たか知っておく
今時考えられないが、昭和の終わりまで残っていたのが、夢中で美容するのは後ろめたい、かっこ悪いという意識。そこには明快な理由がある。
世界大戦中「贅沢は敵」というスローガンが日本中で叫ばれ、まずその段階で美容は後ろめたいものになったが、戦後の混乱期、街角でよく見られたのが進駐軍の兵士の相手をする「パンパン」と呼ばれた女性たち。
その逞しさは映画や漫画にもなるほど支持される一方で、濃いめの化粧で髪にターバンなどを巻く特有のスタイルは、その後も長い間「パンパンみたい」と疎まれた。歴史的にも江戸時代まで強めの化粧は遊女を象徴していたことも一因か。
だから薄化粧はしても美容に執着するのは恥だったのだ。
CREA 2026年春号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

