【KEY WORD:パリ同時多発テロ】
パリの同時多発テロが、波紋を広げ続けています。
いくつかのキーワードがあります。ひとつは「ホームグロウン」。実行犯7人のうち難民を装ってフランスに入国したのは2人だけで、残りの5人はフランスやベルギーの在住者でした。彼らの多くは移民二世です。20世紀に中東や北アフリカからヨーロッパにわたってきたイスラム移民の多くは、とても世俗的だったと言われています。イスラム教徒ではあったけれども、それほど宗教には強く惹かれていない人たちだったんですね。しかしその二世たちはヨーロッパで生まれ育ったのにもかかわらず、イスラム過激派に惹かれていった。
その背景には、彼らがヨーロッパで生まれ育ったのにもかかわらず、ヨーロッパ人として扱われず、差別され、アイデンティティ危機に陥ったということがあります。「自分はいったい何者なのか?」。この答えの得られない問いが、最終的に彼らを過激な思考へと駆り立てていったということなのでしょう。そのような彼らは、「ホームグロウンテロリスト」と呼ばれています。中東の地からやってきたのではなく、欧米の地元で生まれ育ったテロリストという意味です。
このような者たちが、ヨーロッパには多数存在すると考えられています。今年、シリアの状況が酷くなるにつれ、ヨーロッパに流れこむ難民の数はものすごい勢いで増えています。そして難民が増えるとともに、ヨーロッパの人々の難民への反感はさらに高まり、この反感が難民とのあいだに溝を深め、そしてさらにホームグロウンテロリストを増やし……という、どうにもならない渦が引き起こされていくことになるでしょう。出口はありません。
ではシリアが安定すれば、難民の流入はおさまり、穏やかな状態に戻っていくのか?
それもほとんど期待できそうにありません。そもそもシリアやイラクなどの国家は、かつてはオスマントルコ帝国の領土でした。帝国時代にはいまのような領域国民国家というような概念はなく、遊牧民を中心として領域をまたいで自由に移動していく人々が主体の世界だったのです。しかし20世紀に入ってオスマントルコ帝国は滅亡し、そして帝国主義に邁進していたイギリスやフランスの支配下に置かれ、勝手に引かれた国境線で国が分割されていきました。
シリアにしろイラクにしろ、この不安定な国境線によってつくられた国は独裁政権によってかろうじて「国」としてのまとまりを保ってきたというのが実情です。しかしイラク戦争によってフセイン政権は倒され、また「アラブの春」からの動きによってシリアでも反政府運動が高まりました。この流れを日本も含めた先進諸国は「民主化だ、すばらしい!」と応援してきたのです。
しかし実際に起きたのは、独裁政権の崩壊による先行きの見えない混乱と不安定でした。「アラブの春」によってまがりなりにも民主化に成功したのはチュニジアだけであり、どこの国もひどい状況に陥っています。そういう中で、その混乱を利用した新たな勢力IS(イスラム国)が台頭してきたのです。
まるで世界大戦前の一触即発のような混迷
ISに対してアメリカやフランス、ロシアなどは空爆を加えていますが、これが果たしてISを撲滅できるのかといえば、かなり困難であろうという状況です。さらにはロシアの爆撃機がトルコに撃墜され、今度はトルコの救援物資を運ぶ列車がロシアに爆撃されるなど、まるで世界大戦前の一触即発のような混迷に陥っています。
先日、私がパーソナリティを務めるTOKYO FMの番組「TIME LINE」で中東問題の専門家、内藤正典同志社大学大学院教授に電話でお話をうかがいましたが、「この中東の混乱を収める方法はまったくない」と断言されていました。「ISが支配領域を広げ、最終的に独裁的な統治によって収束させることもありうるのでは?」と聞いてみましたが、「その可能性はあるが、国際社会がISを国家として認める可能性はないでしょう」というお答えでした。
シリアの混乱が続き、ISのような武装勢力が台頭し続け、そして難民が生まれ続ける限り、パリのような事件は今後もなくなることはなく、先進国を震え上がらせていくことになるでしょう。この状況に今のところ答えは皆無なのです。
佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/
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2015.11.30(月)
文=佐々木俊尚