紅葉が色づき、朝夕が少し冷え込むようになると、京都の食卓を様々な“蒸し物”が彩るそうです。底冷え厳しき京都の冬、湯気は何よりのご馳走なのかもしれません。街を歩くと、古い寿司屋の軒先に湯気を盛んに上げる蒸籠を見かけます。これもまた京の冬の風物詩。私のご紹介するとっておきの京都、ラストは蒸し寿司の名店です。
湯気の向こうに、温(ぬく)い寿司あり
右:メニュー名は「むしすし」(1,512円)。はんなり優しい甘み、穏やかな酢加減の寿司飯は、焼き穴子に鱧そぼろ、甘く煮上げたカンピョウなど具だくさん。
秋だ、紅葉だ、行楽だ。そうだ、京都へ行こう。ってな季節が到来ですね。私の脳裏には、この連想の先に「蒸し寿司」の湯気が浮かびます。新京極商店街のアーケードの中、そろそろ、あの店は蒸籠を軒先に出している頃だろうな。明治中期の創業、京寿司の老舗として知られる「寿司 乙羽」。先日、とある取材で河原町界隈に出掛け、あの湯気に手招きされて、今年初の蒸し寿司、食べてきました。
蒸し寿司はこの「寿司 乙羽」と発祥をいわれています。とにかく寒さの厳しい京都で冬の名物になるような温かいものをと、大正期に考案したそうです。よく考えてみると、京都は蒸し物が実に豊富。有名なところで「かぶら蒸し」。湯葉蒸しに、鴨まんじゅうなんてのも、これからの季節、和食店の品書きに上ります。つまり、温かい食べ物=蒸し物というのが京都にはあって、だからこそ、寿司を蒸すという発想があり得たのだと思います。
さて、その蒸し寿司(1,512円)。こちらでは、伊万里焼の蓋付き丼で供されます。器ごと蒸しますから、熱々です。蓋を開けると、湯気がほわんと上がり、優しい酢の香りが鼻孔をくすぐる、この瞬間がたまらんのです。美しい錦糸玉子を箸で分けて、一口。焼き穴子の香ばしさ、鱧そぼろのふくよかな旨み、甘やかなカンピョウや椎茸、筍……と寿司飯には贅沢に多彩な具が混ぜてあり、食べ進めるのが実に楽しい。
ちらし寿司を温めたものでしょ? なんて早合点はいけませんぞ。酢の加減がまったく違うのですからっ! 寿司飯を前日に仕込み、一晩寝かせることで酢のカドを取り、酸味を落ち着かせているのです。つまり! 蒸し上げた時にまろやかな酸味を帯びるよう充分に計算されているというワケ。約100年のロングセラーの商品力は伊達じゃありませんぞ。
お一人飯ならこの蒸し寿司を力いっぱい勧めたいのですが、数人で訪れるなら、箱寿司や鯖寿司も是非。京風(1,469円)は、箱寿司、巻き寿司、鯖寿司のセットでお得です。にぎりももちろんありまして、京の四季(1,944円)なら、ちらしも小巻も一緒にいただけます。
カウンターはなく、鰻の寝床のように奥に長い店内には、大小のテーブル席が48席ほど。ほっこり和める懐かしい雰囲気です。そうそう、お店のちょうど真ん中あたりに展示された古い伊万里焼のコレクションは必見ですぞ。芝居座に浄瑠璃、寄席などの興行場、多くの飲食店が建ち並び、東京の浅草、大阪の千日前と共に日本の三大盛り場とされた新京極の艶やかな日々を、この器たちは見てきたのかな。蒸し寿司を待つほんの少しの間、そんな想像を巡らせてみるのも一興です。
寿司 乙羽
所在地 京都市中京区新京極通四条上ル中之町565
電話番号 075-221-2412
営業時間 11:00~21:00
定休日 月曜(祝日の場合は営業)
予算 2,000円前後
中本由美子(なかもとゆみこ)
あまから手帖 編集長。食雑誌を編み続けて23年。「あまから手帖」4代目編集長となり、6年目。“あまから”両党といいたいが、スイーツは苦手、アルコールは何でもござれ。晩夏から京都通いして編み上げた11月号「京都 気になる51皿」が発売中。「和食から中華、ビストロ、ラーメン、和洋菓子まで。連日食べ歩いて選んだ料理ばかりです!」。
「あまから手帖」編集長がセレクト!
いま京都で食べたい5つの「とっておきレストラン」
2015.12.03(木)
文=中本由美子
写真=あまから手帖11月号「京都 気になる51皿」より
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