『バッド』に新しさが欠けていたのはなぜ?

 いまになると彼の独創性が浮き立つ傑作なのですが、当時『バッド』は「新しい」とは受け止められなかった。

 なぜかというと、『バッド』は5年の歳月をかけて作ったアルバムなんです。

 例えば、「アナザー・パート・オブ・ミー」はディズニーの3Dアトラクション『キャプテンEO』用に85年に書いた曲ですけど、音楽器材が飛躍的に進歩を遂げた80年代当時の2年の違いってすごく大きいんですね。

 このアルバムに発売元のレコード会社が当時付けたキャッチコピーは“5年先が聴ける”でしたが、むしろ同時期に5年先の音を鳴らしてたのは妹のジャネット・ジャクソンの方だったんです。

 これまで僕はマイケル、プリンスはすごいという話をしたり本を書いたりしてきましたが、正直なところこの2人は後世の音楽にそれほど直接的な影響を与えていないんじゃないかと思うときもあるんですよ。あまりにもトリックスターすぎて誰も真似できないし、真似しようとするとすぐマイケルやプリンスそのままになってしまうから。

 ジャネットはジャクソン・ファミリーの一番末の妹で、兄のマイケルとは8歳違い。そのため物心ついたときには既に“ジャクソン5の妹”でした。

 何の苦もなく有名人の妹としてテレビに出て人気者になり、1982年には歌手としてレコードデビュー。そしてデバージというグループにいたジェームズ・デバージという、ちょっとやんちゃな男性と家族の反対を押し切って18歳で結婚するも、夫の暴力や薬物依存が原因ですぐに離婚してしまいます。

 ジャネットが心機一転、ジャクソン・ファミリーの力をいっさい借りずに、ジャム&ルイスという2人組の音楽プロデューサーチームと組んで1986年にリリースしたアルバムが『コントロール』です。

 このアルバムが当時いかに革新的だったか、次回詳しく紹介することにしましょう。

2015.12.16(水)
文=秦野邦彦
撮影=榎本麻美