【KEY WORD:野生動物】

 野生の鳥獣肉、ジビエの季節です。レストランでカモやイノシシ、シカ、ウサギなどの料理を楽しんでる人もいらっしゃるでしょう。たしかにこの季節の脂の乗ったジビエは格別の旨さなのですが、いっぽうで今、日本の山では野生動物が増えすぎてたいへんな問題になっています。

 特に最近、問題視されているのがシカの被害。あまりにも数が増えすぎ、南アルプスのあたりではきれいな高山植物のお花畑が全滅するケースをよく耳にします。樹皮も食べてしまうので、木は立ち枯れし、苗木も全滅し、とイナゴの襲来のようなありさまです。最近は、ついに北アルプスにまで侵入しはじめたという話もあります。

 さらには、シカが増えたせいでヤマビルまで増えてしまっています。シカにぶら下がって移動するためなんですね。

シカと一緒に人里にやってくるヤマビルとは

 ヤマビルなんて、これまではかなり山奥に行かなければ生育していませんでした。上信会越、つまり新潟や福島、群馬、長野の県境あたりに広がる奥深い山地はヤマビルの生息域として昔から有名で、たとえば新潟の最奥部にある川内山塊という秘境の山では、1980年代の山岳書籍でこんなふうに描写されています。

「風下の山蛭(ヤマビル)は、人が発散するガスで待ち構え、地面や枝葉に何万匹が群がって、垂直に立って伸縮しながら揺れ動く。風のない日に風の音に似たかすかなざわめきが聞こえ、気の弱い人が見たら失神する」(『日本登山大系 南会津・越後の山』 白水社 1981年)

 読んでるだけで、背筋が寒くなるような描写です。私も登山をするので、ヤマビルには何度となく噛まれたことがあります。痛みはないのですが、下山して靴下を脱いでみると、赤黒いイモムシみたいなものが足首にぶら下がっている。はっきり言って、見つけると気を失いそうになります。慌ててはがすのですが、血が流れ出して止まりません。血液を凝固させない成分がヤマビルの唾液に含まれているからなんですね。ずーっと血がだらだら流れて、本当に不快です。

おおもとのシカを減らすしかない!?

 ところがこの気味悪いヤマビルが、シカと一緒に人里にまでやってきて、生息域をどんどん広げているのです。東京近郊だと神奈川県の丹沢山地で増え、秦野市などの住宅街にまで忍び寄っているのだとか。また関西では、兵庫県の中国自動車道を越えてヤマビル生息域が南に広がり、六甲にも接近している、なんていうニュースを聞きます。

 草むらや樹木の葉っぱなどに潜んでいるヤマビルを駆除するのは、かなり困難です。やはりここは、おおもとのシカを減らすしか方法はありません。

 シカが増えてしまった背景には、天敵だったニホンオオカミの絶滅や野犬がいなくなったこと、猟師さんが減ってしまったことなどが指摘されていますが、実のところ明確にはなっていません。そもそもオオカミが絶滅したのは明治時代で、シカが急増したのは平成に入るぐらいのころからですから、まったく時代が違います。

 より複合的な背景、たとえば自然保護が進んだことや限界集落が増えたこと、山林の利用のしかたが変化したことなど、さまざまな要因が重なりあってシカの増加を招いているのかもしれません。この原因をさらに定性的に調査するとともに、シカを減らす方法を具体的に探ることが今求められています。そういう意味では、シカやヤマビルへの対策は今のところは対症療法にとどまっており、抜本的な対策はスタート地点にさえ立っていないという状況なのでしょう。

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

Column

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2015.01.09(金)
文=佐々木俊尚