【KEY WORD:マララ・ユスフザイ】

 パキスタン出身で、女性や子どもの権利を訴えてきた17歳のマララ・ユスフザイさんが史上最年少で、ノーベル賞を受賞しました。しかしこの受賞については、地元のパキスタンでは賞賛だけでなく批判も根強く、さまざまな声が出ているようです。

 マララさんは、イスラム武装勢力のタリバンに支配されている地域で、女子教育が禁止され、学校で学べないことを訴えてきました。この「教育を受けたい」という願いはとても切実なものだと思いますし、女性への教育をやめさせようというような行為はとうてい正当化することはできません。

 しかし中東のイスラム世界がそういう状況になってしまっている背景事情を、わたしたちはもっと知っておくべきだと思います。

 そもそもイスラム教は本来は寛容な宗教であって、自爆テロや罪もない人々を殺害したり、教育を受けさせるなというようなことを言っているわけではありません。

 しかしイスラム教やキリスト教のような世界宗教というのは、つねにその時代の状況に応じてさまざまな側面が浮上してくるようになるものです。たとえばキリスト教がイスラム世界に軍事侵攻した11世紀の中世の時代には、イスラムの方がずっと文化的に洗練され、経済も豊かでした。そのころのヨーロッパは貧しくて荒れていて、その社会情勢が十字軍といううねりを生みだしたとも言われています。いまのイスラム過激派の戦いをまるで鏡に映したような反転した動きだったんですね。

 旧約・新約聖書にも「(敵を)滅ぼし尽くせ」「わたしは剣を投げ込むために来たのだ」といった文言はあります。イスラム教の聖典であるクルアーンにも、やはり強い言葉と穏やかな言葉が同居しています。時代に合わせて人々は穏健さを選ぶこともあれば、強い言葉を選び過激な行動に走ることもある。それは宗教そのものの内在的な問題というよりは、人々の精神の問題ということなのでしょう。

ノーベル賞は欧米の文化の中にあるもの

 かつて豊かで洗練されていたイスラム世界は、19世紀になってから欧州の支配下に置かれるようになります。国境線がイギリスやフランスに勝手に引かれるというようなことが起きたのです。ソ連のアフガニスタン侵攻では米政府がイスラム義勇兵を支援し、この時に流れ込んだ武器や資金がイスラム過激派のアルカイダをつくりあげたとされています。

 冷戦によってイスラム過激派が台頭してきたという面もあるということなんですね。このようにして欧米にさまざまに利用され、翻弄されてきたパキスタンなどこの地域の人々からすれば、そういう欧米の文化の中にあるノーベル賞というものを単純に賞賛できるものではない、と考えるのも当然のように思えます。

 女子教育は重要だ、というのはそれはそうだが、しかしそれを大声で主張しイスラム過激派を非難する欧米は、じゃあいったいイスラム世界で何をやってきたのだ? という疑問符なのでしょう。

 グローバリゼーションが進む中で中国やインドが台頭し、欧米中心の秩序は壊れはじめています。そういう中で起きている中東の混乱とイスラム過激派の台頭。たいへんな過渡期的状況の中で、「何を公正であるとするのか」という基準が揺らいできているのではないでしょうか。

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

Column

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2014.10.31(金)
文=佐々木俊尚