【KEY WORD:モスジーバー】

「モスジーバー」という見慣れないことばが最近、ネット上で話題になりました。小学館の週刊誌「週刊ポスト」掲載の記事で、モスバーガー五反田東口店ではアルバイトの2割が60歳以上の定年世代の人たちで、おじいちゃんおばあちゃんの笑顔が人気を集め、親しみをこめて「モスジーバー」と呼ばれているという話です。

 少子高齢化でアルバイトなどの人手が足らなくなり、定年退職した高齢者を積極的に雇用するという動きが大きくなってきているようです。おだやかな接客が人気を呼んだり、スタッフが高齢だと安心できるのか高齢者のお客さんも増えるという副効用もあるとか。

 ただこの動きの背景には、少子高齢化による人手不足に加え、老後のロールモデルがいままさに消滅しようとしているという長期的な問題も横たわっているといえるでしょう。

 アメリカの大手金融機関ウェルズ・ファーゴが毎年、「中流階級の引退についての研究」という調査結果を発表し、その衝撃的な内容が話題になっています。たとえば昨年夏の調査では、25~75歳のアメリカの中流層1000人に電話でインタビュー。「何歳まで働きますか?」という質問に対し、なんと34パーセントもの人が「少なくとも80歳まで働く」と答えたのです。こう回答した人は2011年の調査では25パーセントだったのが、昨年は34パーセントにまで増えています。驚きの急増ぶり。

 この背景には、生活資金の問題があります。今年夏の調査では、31パーセントの人が「引退後も生き延びていくための十分なお金がない」と答えています。50歳代になると、この数字はなんと48パーセント。

 アメリカでは中流層が没落し、格差が広がっていることが以前から指摘されています。この結果、人生を楽しむどころではなく、光熱費や家賃といった月々の決まった支払いをどうするかというのが、みんなの悩みの種。昨年のウェルズ・ファーゴの調査では「いちばん大きな金銭的な問題は何ですか?」という質問に対して、「毎月の支払い」と答える人が中流層の6割近くにも上っているのです。たいへんな状況ですね。

だれもが「死ぬまで働く」時代がやってくる

 日本でも非正規雇用が40パーセント近くに達して、格差が広がっています。

 正社員として企業で働き、定年退職して退職金を山ほど受け取り、そして企業の厚生年金の上乗せで年金もたっぷり支給されて、子や孫にも囲まれて安楽な老後を送るというのが、昭和のころの老後のロールモデルでした。あの時代には、「週刊文春」にも『待ってました定年』という人気連載がありました。でもいま、こういうロールモデルを送れる人はごくわずかでしかありません。非正規雇用で退職金など一銭ももらえず、国民年金もわずかな金額で、一生結婚しないままで子供も家族もいない……という老後がリアルな現実になってきています。

 おそらくは、だれもが「死ぬまで働く」という時代がやってくるのではないかと思います。そういう状況が変えられないのだとすれば、お金がなくてもどう楽しく老後を送るか。そういう観点からすれば、「モスジーバー」も別の見え方がしてくるかと思います。積極的に社会に参加し、笑顔を絶やさず、多くの人とつながりながら老後のセーフティネットを構築していく。そういう新たな「老後ロールモデル」をこれから私たちは探し求めなければなりません。

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

Column

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2014.11.14(金)
文=佐々木俊尚