「母」と「女」のバランス問題はとても難しい

Q. 絶対に子どもを生みたくないと思っています

『きみは赤ちゃん』がウェブ上に連載されていた時、毎回とても楽しみに、時に笑いころげながら、読ませていただきました。私は女性ですが、絶対に子どもを生みたくないと思っています。理由はいろいろなことがこんがらがって、説明が難しいのですが、せっかくの相談コーナーなので、酷い人と思われても……との覚悟です。

 子どもを生みたい理由も、生まない理由も、それ以外に、自分ではどうしようもない理由も、そのさまざまを否定するわけではなく、ただ私個人の思いです。

 出産をしても、しなくても、女性であることに変わりはないとは分かっていながらも、どうしても出産すると「母」が「女」より勝ってしまう怖さを感じてしまいます。母が生んでくれたから、存在できているのにと思いながらも、自分の母親の年齢をふと考えた時、この人は生まれてから「女」の時間よりも「母」の時間の方が長いと思い、何とも言葉に出来ない感情になります。

 出産にはタイムリミットがありますし、自分の思うことに後悔したりする日が来るのでしょうか。それとも、思うことが、ヒョイと変わって母親になったりするのでしょうか。(たにし/34歳・アルバイト)

A. 生んでもしんどいし、生まなくてもしんどい

「母」と「女」のバランス問題って、とても難しいですよね。たにしさんのおっしゃる「女」というのがどういうものをイメージされているのかはわからないのですが、そこには時間の自由だったり、恋愛だったり、美容に手間ひまかけられる経済的な余裕だったり、そういうこと全般も含まれてるのかなーと推察します。

 その意味でいえば、たにしさんのおっしゃるとおり、子どもを生んでも「女」の人はいるし、生んでなくても「女」じゃない人もたくさんいます。ただ、「母」というのは、ちょっと位相のちがう存在であるのも事実ですよね。子どもの存在というのは、いわゆる「女の条件」のすべてにかかわってきますし、この世界のあらゆる他人とはちがう空前絶後の関係で、母になるということはやっぱり一大事だよなーとあらためて思うこともしばしばです。

 ただ、「母」と「女」については、その人の「性格」がやっぱり大きいと思いますよ……。たとえばですけど、恋愛することがすごく好きで、好奇心が尽きることなく色々なことを楽しむことがアイデンティティと分ちがたくあるタイプの女性は、子どもがいてもそのように生きている人がまわりには多いです。もちろん経済的に自立しているかどうかも大きいですが、あくまで自分の欲望に忠実に、「母」と「女」をこなしているように感じます。で、もともとそうでもない人は、べつに子どもができたから保守的になったわけでもなく、その人の性格の延長で、子育て生活を送っている人が多いような。環境が激変しても、人っていうのは案外、自分のしたいことはやっぱりするし、したくないことはやっぱりしないものです。

 あと、たにしさんは、ご自身のお母さまを思って、そこから「母」というもののイメージをお持ちのようにみえます。でも、「母」にも、色々な母がありますよ。たにしさんが「母」になること=たにしさんのお母さまになるというわけではありません。もちろん、わたしの母と、わたしはまったくちがう「母」です。そして、自分がどのような「母」であり、それが幸せなのか、そうじゃないのかは、他人には知り得ないことだと思います。ぜんぶ、その人だけの、一回きりのできごとです。「母」も「女」も、イメージですから、じっさいにそれを生きてみるよりほかないのかもしれません。

 あとは、何歳で生むのかということも大きいですよね。25歳で生むのと35歳で生むのでは色んなことがちがいます。35歳くらいになるとキャリアもそうですが、世界や自分にたいする期待値や幻想も一段落してるので、つぎの世界に一歩を踏み出しやすいですよね。

 けれども、子どもとの相性や環境の問題もあるので、「子どもをもつことは掛け値なしに素晴らしいのだから、みんなそうしたらいいのに」なんてことは、わたしには言えませんし、思いません。わたし自身は子どもを生んで本当によかったと思いますが、そう思えたのは単なる偶然だからです。それに、もし生んでなかったとしても、「生まなかったからこその人生」が、やっぱりそこにはあったはずだし。

 でも、もし、少しでも、子どもってどんなかな、今の生活を変えてみたいな、会ってみたいな、大変だろうけど興味あるな、そしてたにしさんのように生まなかったら後悔するのかもしれないな……という気持ちが少しでもあるのであれば、これはもちろん、心の底から、おすすめします! 「女」の一生は、子どもを生んでもしんどいし、生まなくてもやっぱりしんどい。だったら種類のちがうしんどさに身をあずけて、自分のまだ知らない世界を体験してみるというのは、とても面白いことだと思いますよ。

写真=
前田こずえ

川上未映子 (かわかみ みえこ)
1976年、大阪府生まれ。2007年、初めての中編小説「わたくし率 イン 歯ー、または世界」が第137回芥川賞候補となる。同年、早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞を受賞。2008年、「乳と卵」が第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞を受賞。同年、長編小説『ヘヴン』を発表し、2010年、芸術選奨文部科学大臣新人賞・紫式部文学賞を受賞。2013年、詩集『水瓶』で高見順賞、短編集『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞を受賞。他の主な著書に『すべて真夜中の恋人たち』など。2011年に作家の阿部和重氏と結婚、12年に男児を出産した。

Column

川上未映子の出産・育児お悩み相談室

『乳と卵』で芥川賞を受賞した川上未映子さんは、2013年、同じく芥川賞作家である阿部和重さんとの間に男の子を授かりました。その経験を綴った本が、『きみは赤ちゃん』。この刊行を記念して、川上さんが、読者のみなさんの出産・育児に関する悩みにお答えします!

2014.09.06(土)