私の場合、いちばん最後に検察庁での修習がありました。取り調べ修習というものを受けていたときに、「面白いな」と思ったんです。本職の検事の指導を受けながら実際の被疑者にいろいろ聞いていくと、警察の調書になかった事実が自分の質問によって見えてきたりして、手応えがあった。小さな事件ではあったけれど、そうやって真実を追求していくことにすごく興味を持ったんですね。

 それで、指導担当の検事に「検察官になってみたい」と思い伝えたら、「そうか、そうか」とノリノリで。検察官の志望者が少なかったという事情もあったとは思うのですが、「女なんか」と言わない組織に出合えて嬉しかった。裁判所の刑事裁判部での修習で、検察官の役割の大きさというものを実感していたこともあって、「私も検察官になろう」と決意しました。

いま思い出しても腹が立つ

 実は当時、法学部の学生や司法修習生の間には、検察に対するネガティブなイメージが強くあったんです。「検察は権力の犬だ」なんてよく言われていた。検察は上意下達の軍隊みたいなところで、荒くれ仕事をやらされるというふうに宣伝していた人までいましたね。

 検察官になろうと決めたあと、私は修習生の何人かに呼び出されて、「やめろ」と説得されたことがあります。私は、彼らに「君たちのやり方は卑怯だ。こんな大勢の人間で私一人を取り囲んで、翻意を迫るとは何事か。法曹は、それぞれの仕事で頑張るべきだ」と反論しました。

 このときは、思想の問題ではなく、彼らのやり方がとにかく気に入らなかった。法曹たるもの、何事にもフェアでなくてはならない、と。いま思い出しても腹が立ちます。

戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない

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