法務省は「採用してもいい」と言ってくれました。ただ、「検事が幅を利かせている省だから、検事になってから来たほうがいいですよ」とも言われた。私は霞が関の事情なんて何も知らなかったので、「ふーん、そうなんだ」と思いました。
「公務員はないな」と思ったわけ
それから、今でも忘れられないのが、愛知県庁の面接。私は地元の愛知県庁の採用試験も受けていたんです。「結婚しても仕事を続けるつもりはありますか?」とか、そんな質問を予想していたら、面接官から飛び出したのは予想外の言葉でした。
「友だち、いますか?」
私は面食らって、「は? 友だち? たくさんいますよ」と答えたような気がします。つまり、「東大に行くような女に友だちはいないだろう」ってことなんでしょう。こんな次第で、「公務員はないな」と結論が出ました。いわば消去法で、法曹の道へと進むことになったのです。
検察庁は女性を歓迎してくれた
1980年、私は大学を卒業して司法修習生になりました。最近は、司法試験に合格する見込みがある段階でさっさと進路を決めて就職に備える人が多いようですが、私のころは修習期間が2年間と、今の倍くらいあり、急いで決める必要はありませんでした。
集合修習という司法研修所での教育が最初と最後にあり、その中間に裁判所、検察庁、弁護士会で一通りの実務修習を受けることになっていて、最後の集合修習に行き先を決めれば十分間に合ったんです。
私はもともとは弁護士志望だったわけですけれども、実際に修習を受けてわかってきたのは、弁護士事務所も結局は民間企業だということです。当時の事務所は、女性を採用したがらなかった。実際、事務員の人が「女性はちょっとね」と言っているのを耳にしたこともあります。真実かどうかはわかりませんが、修習を担当した弁護士事務所がお情けで雇うという習慣があったなどと聞いたこともありました。
