「ぼやかし系」「余裕系」「切り捨て系」……フワッとした表現のバリエーション

 最後に、「ほとんど無害[注2]」を挙げたい。これは、ダグラス・アダムスのSFコメディ小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』に出てきた言葉だ。同作の序盤では、超空間高速道路の建設の邪魔になるからという理由で、地球があっさり破壊されてしまう。ちなみに高速道路建設の設計図も地球破壊の件も、地球から「たった四光年しか離れていない」アルファ・ケンタウリに50年前から貼り出されていたらしい。しかし、そんな通知を見る術を持たない地球人は、ごく平凡なイギリス人であるアーサー・デント以外、みな地球と運命を共にしてしまう。

 アーサーが生き残ったのは、ベテルギウス近くの小さな惑星出身の宇宙人、フォード・プリーフェクトとたまたま友達だったからだ。フォードは、宇宙で発行されているガイドブック『銀河ヒッチハイク・ガイド』の現地調査員として地球を訪れていた。フォードと一緒に宇宙空間に逃れたアーサーだが、地球の滅亡にはさすがにショックを受ける。そして藁にもすがるような気持ちで、亡き地球のことが『銀河ヒッチハイク・ガイド』でどのように記されているかを知りたがる。しかし、フォードに見せてもらった旧版では、「地球」の項目に書かれていたのはなんと「無害」の一言だった。

 さらにフォードによれば、最新版ではフォードの現地調査の内容を踏まえ、「地球」の記述が「無害」から「ほとんど無害」に変更されたという。新たに情報を付け加えた結果、よりくわしくなるどころか、よりフワッとしてしまったわけだ。私はこのくだりに爆笑すると同時に、ちっぽけな辺境の星のことなど歯牙にもかけない宇宙の広大さを感じた。ちなみにこの「ほとんど無害」は、『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズ最終巻のタイトルになっている。

 以上のように並べてみて、フワッとした表現にも「ぼやかし系」「余裕系」「切り捨て系」など、さまざまなものがあるのが分かった。しかも、いきなりフワッとさせることで意外性を出したり、聞き手や読者に「なんだそりゃ!」とツッコませたりする効果があるようだ。ぜひ皆さんも、コミュニケーションに支障が出ない程度に「フワフワぼんやり」を取り入れてみてはいかがだろうか?


[注1]柴崎友香『寝ても覚めても』河出文庫、p.284
[注2]ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』(安原和見 訳)河出文庫、p.86

川添愛(かわぞえ・あい)

言語学者、作家。九州大学文学部、同大学院ほかで理論言語学を専攻し博士号を取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。著書に、『白と黒のとびら』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』『ふだん使いの言語学』『言語学バーリ・トゥード』『世にもあいまいなことばの秘密』『日本語界隈』(ふかわりょうとの共著)『「わかってもらう」ということ 他人と、そして自分とうまくやっていくための言葉の使い方』『パンチラインの言語学』『裏の裏は表じゃない』など多数。