1月から日本テレビで始まった『冬のなんかさ、春のなんかね』は、映画監督として知られる今泉力哉が監督、脚本を担当した作品だ。放送がスタートすると、ドラマにはない手触りの映像や演技で話題を集めた。

 筆者も一話を見たときは、その空気感が珍しくて惹きつけられつつも、違和感も持った。主人公の土田文菜(杉咲花)が深夜のコインランドリーで、ミッシェルガン・エレファントの曲をイヤホンから音漏れさせていたところ、美容師の佐伯ゆきお(成田凌)が話しかけてきたのに対して、にこやかに応じていたからだ。私自身、以前は、深夜にファミレスで仕事したり、その後歩いて家に帰ったりしていたが、コロナ禍を経て、深夜にそんなことをするのが怖くなっていたところがあった。

 それだけではない。文菜はいきなりゆきおの車に乗り、彼の家にも行こうとするから、ゆきおの方が怖くてびびってしまっている。むしろ文菜の言動の方が、加害に転じうる危うさがあるという描写だ。一話をリアルタイムで見たときは、男性にあるかもしれない加害性を小さく見せて、女性のそれを大きくしすぎではないかと思って、不自然だなと思っていたのだった。

 しかし、ドラマを見進めていき、現在5話まで見終わったところで1話を見返すと、最初に覚えていた違和感がなくなっていた。なぜなら、文菜がどんな人で、ゆきおがどんな人かを知っているからだ。


謎に包まれていた文菜の人物像

 文菜はどんな人か。

 文菜は、富山から大学進学で上京し、現在は小説家をしている。今は、コインランドリーで知り合ったゆきおとそのままつきあっているが、小説家の先輩の山田線(内堀太郎)と時折あって、ふたりで飲んだり、ホテルで会ったりもしている。山田には彼女がいた。

 1話で文菜は、ノートに手書きで「相手のすべてを知ってしまっても、好きで居続けることはできるのだろうか。そんなことを考えながら、私はまた好きになる。失うことを恐れながら。だから私は、好きにならない人を好きになる」と書いており、どこか恋愛に疲弊しているようなところが感じられた。その言葉が内包する謎が、ドラマを見続ける推進力にもなっていた。

 ゆきおはとても優しい人だが、文菜はそこに物足りなさを感じているし、物足りなさを愛しているようなところもあるように見えた。

 今では恋愛のなんたるかを全て知っているかのような文菜であるが、かつてはそうでなかった。大学時代の友人が、不倫をしていると知って頭ごなしに否定している場面もあった。彼女には、何があったのだろうか……。

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