熊本生活が八雲にもたらしたもの
寂寥感(せきりょうかん)をいやしたのは、やはり年代を感じさせるものでした。よく散策したのが学校の裏手にあった小峯(おみね)墓地です。そこからのぞむ市内や阿蘇の情景がなぐさめになりました。
何より、そこにはえもいわれぬ表情の石仏が佇んでいます。歳月を経て、鼻がかけた顔が何とも柔和な微笑みを浮かべています。見つめていると気持ちが鎮まりました。石の蓮華の上に加藤清正の時代に座ったままの姿勢で今も座っている、と八雲は随筆「石仏」(『東の国から』所収)で表現しています。
この仏像は現存しており、2016年の熊本地震で位置がずれてしまいましたが、いまでは元に戻っています。
この時期のものでは「夏の日の夢」(同前)という紀行文が出色です。セツが八雲の最も好きな物語、とした浦島太郎をモチーフにして、連想を繰り広げています。長崎への取材旅行の帰りに立ち寄った熊本・三角西港の旅館「浦島屋」での交流や、有明海や雨乞い太鼓をよく描いています。やはり歴史が感じられる自然の中が最も居心地のいい、とする感覚ですね。
言ってみれば「神々の国の首都」松江では、何もかもが新鮮に見えていたのでしょう。この時期、軍都として勢いを増していく熊本で暮らしたおかげで、「明治の日本」という近代国家の現状が、少し冷静に見えるようになった面があります。
小泉 凡(こいずみ・ぼん)
1961(昭和36)年、東京都生まれ。成城大学大学院で民俗学を専攻し、87年から曽祖父・小泉八雲ゆかりの松江市で暮らす。小泉八雲記念館館長、焼津小泉八雲記念館名誉館長、島根県立大学短期大学部名誉教授を務める。著書に『怪談四代記 八雲のいたずら』(講談社)、『小泉八雲と妖怪』(玉川大学出版部)など。
聞き手 木元健二(きもと・けんじ)
1970(昭和45)年生まれ、大阪府出身。同志社大学法学部卒。94年、朝日新聞社入社。大阪本社学芸部、東京本社文化くらし報道部、週刊朝日編集部(いずれも当時)などに勤務。松江総局に 2021年から3年在籍した。

セツと八雲 (朝日新書)
定価 957円(税込)
朝日新聞出版
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