NHK朝ドラ「ばけばけ」でイライザ役のシャーロット・ケイト・フォックスが演じる女性のモデル、エリザベス・ビスランド。小泉八雲を日本へと導いたこのアメリカ人ジャーナリストは、八雲だけでなく、妻セツとも生涯にわたって深い絆を結んでいました。

 八雲・セツ夫妻のひ孫で小泉八雲記念館館長を務める小泉凡さんの著書『セツと八雲』(朝日新書)をもとに、その知られざる関係をダイジェスト版で紹介します。

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本編は、以下のリンクからお読みいただけます。

【「ばけばけ」イライザのモデル】ラブレターのような書簡を交わした八雲の死後、来日ごとに妻セツを訪問…八雲と“心の恋人”ビスランド、セツの≪特別な関係≫


八雲とビスランドは相思相愛の「心の恋人」

 ビスランドは八雲より11歳年下、ルイジアナの大農場に生まれた才気あふれる女性だ。南北戦争後の困窮した生活の中で八雲の新聞記事に心を奪われ、「こんな記事を書けるジャーナリストになりたい」と、八雲が文芸部長を務めるニューオーリンズのタイムズ・デモクラット社に入社。やがてコスモポリタン誌の編集者として才能を開花させ、1889(明治22)年には世界一周の旅に出て、76日19時間48分でゴールするという快挙を成し遂げた。

 この旅の途中、日本に立ち寄り心を奪われたビスランドが八雲に「日本へ行ってほしい」と背中を押したことが、八雲の来日につながったとされる。ふたりの間には膨大な書簡が交わされ、ラブレターといえるような文面も記されていた。

「あなたの日本に関する本を読み終え、ここ2、3日どんなに楽しませていただいたかお伝えしたいという気になった。私はあなたのいる日本をもう一度見たいと思い焦がれている」(ビスランドから八雲へ、1895年6月15日)

 帝大を解雇され、心臓や気管支炎を患って肩を落とす八雲に、ビスランドはこうも綴っている。

「これまでだれ一人として私ほど誠実にあなたに愛情をもっているものはいません。あなたの最初の一行を読んで以来これまでの年月ずっと、あなたから頂いた無限の楽しみと霊感に感謝しています」

 この熱意に応えるように、八雲はコーネル大学での講義に向けて、日本人の精神史をテーマとした硬質な論考集を書き上げている。

 八雲の没後、ビスランドは3度来日し、そのたびにセツのもとを訪ねた。1922(大正11)年、自身の夫を亡くした後、60歳を超えて松江の八雲旧居を訪れた彼女は、芳名録にこう記した。

「30年ぶりに、あのかけがえのない友人、ラフカディオ・ハーンの美しい心にまた巡り合う。それは、彼がこよなく愛した屋敷に、香炉から漂う香りのように息づいている」

 八雲・セツ、そしてビスランド――大西洋をはさんで結ばれた三者の絆の深さが、この一文に凝縮されている。

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【「ばけばけ」イライザのモデル】ラブレターのような書簡を交わした八雲の死後、来日ごとに妻セツを訪問…八雲と“心の恋人”ビスランド、セツの≪特別な関係≫

小泉 凡(こいずみ・ぼん)

1961(昭和36)年、東京都生まれ。成城大学大学院で民俗学を専攻し、87年から曽祖父・小泉八雲ゆかりの松江市で暮らす。小泉八雲記念館館長、焼津小泉八雲記念館名誉館長、島根県立大学短期大学部名誉教授を務める。著書に『怪談四代記 八雲のいたずら』(講談社)、『小泉八雲と妖怪』(玉川大学出版部)など。

聞き手 木元健二(きもと・けんじ)

1970(昭和45)年生まれ、大阪府出身。同志社大学法学部卒。94年、朝日新聞社入社。大阪本社学芸部、東京本社文化くらし報道部、週刊朝日編集部(いずれも当時)などに勤務。松江総局に 2021年から3年在籍した。

セツと八雲 (朝日新書)

定価 957円(税込)
朝日新聞出版
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