3人それぞれが愛着を持つシーンとは?

佐藤康子(さとうやすこ)
東京芸術大学音楽学部、首席卒業。同大学院修士課程、博士課程修了、2010年に博士号取得。05年、イタリア・スポレート歌劇場でヴェルディ作曲『オベルト』のレオノーラ役でイタリアデビューを果たす。ギリシア国立歌劇場、スロベニア国立歌劇場、イタリアではイェーズィ、フェルモ、ブリンディズィの各劇場で『蝶々夫人』を演じ、好評を博す。

――本番の舞台が楽しみです! 有名な「ある晴れた日に」のアリア以外に、オペラの見どころを挙げるならどこでしょう? お好きなシーンも教えてください。

山口 私はやっぱり、1幕のラストのピンカートンとの愛の二重唱ですね。情熱的な愛の絶頂のデュエットなので、素晴らしい相手役の方と感情の溢れるがままに……(笑)。そこで気持ちが入りすぎると音楽が崩れてしまうので、いつもコントロールするようにしていますが。

清水 歌っていて楽しいのは、明るいシーンです。シャープレスがピンカートンの手紙を持って訪れる場面が一番好きかな。待ちくたびれて、もう帰ってこないかも知れないと思っていたピンカートンからの便りが届いて、ものすごく有頂天になっている場面です。演じている方もわくわくしますね。

佐藤 私もたくさんあります。昨日お稽古でお二人が登場のシーンを歌われているところを見て、その後の蝶々さんの人生が走馬灯のように脳裏をよぎって、泣けて泣けて仕方なかった……。大砲が「ドン!」と鳴って、望遠鏡でピンカートンの船が長崎の港に入ってくるのを見つけるシーンも、想像が現実になっていく様子を実にプッチーニはうまく書いているんですね。ピンカートンの妻ケイトが「私を許してくれますか」と詫びたあと、蝶々さんが「あなたは世界で一番幸せな女性です。ずっとそうあってください。わたしのことは心配しないで」と歌うシーンも……。

――涙が溢れてしまいそうです……。

山口 お手伝いのスズキとの「花の二重唱」も泣けますよ。スズキの優しさや思いやりを感じながら歌うので、毎回お稽古なのに泣けてしまいます。

清水・佐藤 最高ですよね~。

『蝶々夫人』の上演が続く2014年の日本のオペラ界の中でもハイライト的な舞台。

――音楽もものすごく美しいですしね。

清水 この粟國安彦氏の演出は、3人とも全く違う蝶々さんが出てしまうところが面白いです。同じ動きでも、それぞれの声の特徴や表情から違うヒロインが浮かび上がってくるのですね。皆様にぜひご覧になっていただきたいです。


 その後も「子役」をめぐるエピソードや、指揮者(園田隆一郎さん)の「好みの蝶々さん」についてなど、3人のお話は大変盛り上がり、オペラの悲劇のヒロインは、こんなに素敵な女性たちの心の温かさから生まれるのだ……と感激することしきり。

 取材のあとのお稽古は、真剣ながら皆のハートがひとつになった和やかな雰囲気で、蝶々さんというヒロインが、こんなにも愛されていることに新鮮な驚きを感じてしまったのでした。

 現代女性の聡明さとユーモアセンスが、オペラの魅力を支えていることを知った、とても貴重なインタビューでした。

藤原歌劇団創立80周年記念公演『蝶々夫人』
URL  http://www.jof.or.jp/
会場 新国立劇場 オペラハウス
日時 2014年6月27日(金)18:30~ 清水知子出演
   2014年6月28日(土)15:00~ 山口安紀子出演
   2014年6月29日(日)15:00~ 佐藤康子出演

小田島久恵(おだしま ひさえ)
音楽ライター。クラシックを中心にオペラ、演劇、ダンス、映画に関する評論を執筆。歌手、ピアニスト、指揮者、オペラ演出家へのインタビュー多数。オペラの中のアンチ・フェミニズムを読み解いた著作『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)を2012年に発表。趣味はピアノ演奏とパワーストーン蒐集。

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2014.06.25(水)
文=小田島久恵
撮影=鈴木七絵