人生で一番たこ焼きを食べた大阪時代
――その後、大阪に拠点を移しますが、姫路に割と近いとは言え、食文化の違いは感じましたか?
それは感じましたね。
姫路から大阪までは新幹線で30分、新快速という電車で1時間くらいなんですけど、その前に神戸が立ちはだかるんです。僕なんて、まず姫路の街が立ちはだかって、さらに神戸がある。大阪なんてなかなか辿り着けない場所ですし、初めて行ったのは高校生になってからでした。
しっかりと住み始めたのは21歳くらいでしたけど、食文化を全然知らなかったのでお好み焼き店とたこ焼き店がいっぱいあるなというのが最初の印象でした。
最初に住んだんが生野区でコリアンタウンもあったので、焼肉店が本格的なことにもびっくりしました。
――大阪時代はどういうものを食べることが多かったのでしょう。
やっぱりたこ焼きですね。人生において、あんなにたこ焼きを食った期間はないです。劇場の近くにたこ焼き店があったので、夕方のライブ前に買ってから劇場で小腹を満たして。ライブが終わってから芸人みんなとご飯に行こうかという感じでした。

――大阪の芸人さんは東京に来ても、馴染みのたこ焼き店を探してるイメージがあります。
そうなんです。大阪やと、住んでる街に大体たこやき店があるんです。駅からの帰り道に8個で300円くらいのお母さんが作ってるたこ焼きとかね。やから、東京に来ても探してしまうんですけど、ないんですよね。
僕、大阪時代はみんなが食べてるし……くらいの気持ちでたこ焼きを食べてた気がしますけど、上京すると求めているところがありました。
2025.10.10(金)
文=高本亜紀