
約半世紀にわたって日本の美容業界を見つめてきた美容ジャーナリストの齋藤薫さん。化粧品の魅力だけでなく、女性たちの美意識や価値観をも拓く鮮やかな文章で、熱く支持されている伝説の人です。
30代後半で結婚し、自身のことで精一杯で出産は考えられなかったという齋藤さん。その彼女が一度だけ“母にならなかった人生”を後悔した出来事があったといいます。そして、その時に蘇った、吉永小百合さんが結婚前後に語っていた言葉とは? 斎藤さんの新刊『年齢革命 閉経からが人生だ!』より紹介します。
私が産まなかった理由
ぼんやりと、自分は子どもを持たないだろうと、20代の頃から思っていた。単なる予感で、理論的なものではなかったが、それが「結婚は遅くてもよいかも」という妙なゆとりにつながり、気がつけば30代後半、こんなにも自分のことで一杯一杯なのに、子どもがいる人生などもはや考えられないと思うようになっていた。
結婚当初は、まだギリギリ出産に間に合う年齢だったが、そういう選択肢はないことを、パートナーにもその家族にも納得してもらったほど。
自分のことでパツパツなのは未だに同じで、結局のところ、それが自分の運命だったのだろうけれど、一度だけ“母にならなかった人生”を強く後悔したことがある。
『死ぬまでにしたい10のこと』という映画のプロモーションで、コメントとエッセイを依頼された時のこと。エッセイでは私自身の“死ぬまでにしたい10のこと”をあげてほしいと言われたのだ。
これがじつに悩ましい作業だった。「死ぬ前に一番食べたいものは何か?」的な話題で盛り上がるのは、結局ただの戯言で、本気で余命数カ月を想定したら、正直何も浮かばない。

その映画の中では、まだ20代の女性が余命数カ月の宣告を受けるのだが、彼女は2人の幼い子どもをもつ母親で、10のうちには「夫以外の人と付き合ってみる」などもあったりしたが、「娘たちが18歳になるまで毎年の誕生日に贈るメッセージを録音する」「娘たちのために、新しい母親を見つける」など、母親としての悔恨や子どもを置いていく負い目が滲み出る内容が目立ち、フィクションとわかっていても、胸が締め付けられる。
幼い子どもを残していく母親がどんなに無念か、それが想像できてしまうのは、自分にも母性の遺伝子があるからなのかもと思ったら、それ以上に重要なことなどあるはずがないと思考停止してしまい、いよいよ何も浮かばなくなっていた。
だいたいがどうせ死ぬんだし、と思うと欲望は消え去るもの。“死ぬまでにやりたいこと”と、“死ぬと決まってからやっておきたいこと”は違うのだ。それこそ子どもでもいなければ、本気でやりたいことなどない。それが物の道理と思い知る。
この時ほど、子どもがいない現実を虚しいと感じたことはなかった。思い残すことがない空疎感をひしひし感じた。そして今まで考えたこともなかった、自分の子孫を残せないことの意味を知る。誰かに何かを残すことのできない孤独も。
だから、子どもを持たずにペットを飼っている人の“あるある”で、資産は動物愛護に寄付? さもなければ養子を取る? 大した資産があるわけでもないのに、そんなことが頭をよぎるのだった。
2025.09.11(木)
文=齋藤 薫