やなせたかしの死後には「もうやれない」

 やなせは90歳を越えた2011年の春に視界がぼやけることを理由に漫画家引退を考え、最後の大舞台として生前葬まで企画していたが、その直後に東日本大震災が発生。アンパンマンが被災者の心の支えになっていることが次々と耳に届き、やなせは引退を撤回した。

 この頃からそれまで以上にやなせと密に交流するようになった戸田は、やなせが亡くなる半年前にも、2人揃ってアンパンマンのイベントに登壇していた。

 「やれることがあるなら惜しみなくやる」というやなせの姿を間近で見てきた戸田は、その後、やなせが亡くなると、大きな喪失感に見舞われ、「もう(アンパンマンを)やれない」、「やりたくない」と駄々をこねるような気持ちにまでなったと語る(※2)。やなせと戸田との特別な繋がりが感じられるエピソードだ。

 戸田は『あんぱん』の放送前に、スタッフと脚本を務める中園ミホから、やなせと妻の暢について取材を受け、「中園さんの台本を読んだときに、弱い立場の人たちに手を差し伸べる薪鉄子とアンパンマンが、なんだか重なって見えた」と、『あんぱん』の中に“やなせイズム”を感じたことを明かしている(※3)。

 アンパンマンの“声”を長年務めてきた戸田が本作に出演するということは、単なるファンサービスだけでなく、やなせのメッセージを次世代へ継承する、より深い意味合いを持っているのだ。

2025.07.31(木)
文=久保田ひかる