やなせたかしから“指名”されたアンパンマン役
名古屋で生まれ育った戸田は、子役や歌手、マルチタレントとして活動をする中でラジオDJをしていた野沢那智から声をかけられ、野沢が主宰していた「劇団薔薇座」に研究生として入団。そこはミュージカルがメインの劇団で、研究生はダンス、声楽、お芝居などのレッスンがあり、戸田は「セリフ回しから、目線、顔の向き、足を何歩踏み出すかまで、演劇の基礎をしっかり叩き込まれた」と語っている(※1)。
また、当時の劇団員は生活のためにアルバイトをしており、戸田は野沢から「どうせなら同じようにしゃべる仕事で稼げたらいいじゃないか」と声優の仕事を紹介してもらったことから声優業をスタートさせた(※1)。
『機動戦士ガンダム』のマチルダ役などを務めた戸田だが、実は、『アンパンマン』のオーディションは受けておらず、数あるデモテープを聞いて原作者のやなせが戸田をアンパンマン役として選んだという。

当時の戸田は、小さな子ども向けのキャラクターを演じるのは初めてで、かつ、原作が絵本だったことから各家庭ごとに声のイメージが異なると考え、アンパンマンをどのように演じるべきか戸惑ったそうだ。
そんな戸田にやなせは「アンパンマンは、世界一カッコ悪いヒーローだと思ってください」と語り、顔をちぎって、それをみんなに食べてもらうことで、自分の心が温かくなる一方で、顔をちぎっているから自分の体力としてはどんどん衰えていくアンパンマンの姿を「どんどんダメになっていく、カッコ悪いヒーローなんだ」と表現したという(※2)。
そこから“やなせイズム”を感じとった戸田は、カッコ良さよりも優しさを感じられる、現在のアンパンマン像を作り上げていった。
2025.07.31(木)
文=久保田ひかる