その間、日馬富士と照ノ富士という二人の横綱を筆頭に、延べ十二人の関取を育て上げることができました。現在では、二四年三月場所で実に百十年ぶりという新入幕初優勝を果たした尊富士をはじめ、熱海富士、宝富士、錦富士、翠富士、それに宮城野部屋から預かっている伯桜鵬、十両の草野など七人の関取を擁しています(二〇二五年四月現在)。
幼少時、故郷青森で手の付けられない“悪童”だった私が、相撲を始めて以降、がらりと人生が変わり、横綱となることができました。そして角界への恩返しの思いから、一親方としてこれまでの道のりを歩んで参りました。日々感じながら学んできたのは、十五歳からの若者たちとの関わり方や力士としての育成法、そして相撲に限らず師匠として「人を育てること」の難しさでした。
そして弟子たちの稽古や指導では、何より私のモットーである「決して諦めないこと」を徹底して言い聞かせてきました。本書では読者の方々にも、相撲界や力士たちの数々のエピソードを通じて、「最後まで諦めないことの大切さ」を感じていただければ幸いです。
私の親方人生も三十三年を数え、間もなく相撲協会を定年するにあたり、私がこれまでに相撲界を通じて経験したことが、何かしら、誰かしらの参考やヒントになることもあろうかと周囲に勧められ、ここに書き記すこととなりました。
昭和から平成の古き良き相撲界の一端を知る人間として、令和の新時代を生きる次代の担い手たちに襷を渡し、大相撲という唯一無二の文化を繋いで行ってほしいと願うところです。そして私がこれまでの相撲人生から得てきた経験や教訓が、多少なりとも読者の皆様のお役に立つことがあれば何よりの喜びであります。
二〇二五年四月
第六十三代横綱旭富士 九代伊勢ヶ濱正也
「まえがき」より


大相撲 名伯楽の極意(文春新書 1494)
定価 1,045円(税込)
文藝春秋
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2025.05.28(水)