その言葉に思わず手を止め、まじまじと周囲を見回す。
宴の支度で下男下女がせわしなく行き交う一角には、これみよがしに御簾が下ろされている。
音楽は東家の本分だ。過去には、琴の音に誘われて若宮が訪れ、入内した姫もいるという。
だから東家当主は、家柄がよいだけの中途半端な娘よりも、たとえ入内が叶わなかったとしても、若宮が興味を惹かれそうな娘を選んで送り込むことにしたのかもしれない。
「腕のある姫ねえ……」
東家が、名よりも実を取る性質であるというのは、ここに来てから何度も耳にしていたことである。
東領には、南領のような財力も、西領のような技術力も、北領のような武力もない。文化的にいくら優れていようとも、ある意味、四領の中では最も弱いと侮られかねないのである。朝廷でうまく立ち回らなければすぐに力関係が崩れてしまう立場にあって、しかしそれゆえに、四家の中で最も政治上手なのだと聞いていた。
「まあ、歴代の東家当主さまが柔軟な方だというのは間違いないだろうな」
でなければ、自分達のような平民階級出身の者が、こんな場所にいられるわけがないのだった。
* * *
天候にも恵まれた宴には、候補となっている姫君が滞りなくやって来た。
朝からきらびやかな装飾のされた飛車や輿が途切れることなくやって来るので、下働きをさせられる伶と倫からすれば堪ったものではない。
ただ、姫達が御簾の内側にきっちり隠れてからは宴席の給仕へと駆り出されたので、倫の言うところの「腕のある姫」の演奏は耳にすることが出来た。
東家の姫が得意とするのは、長琴という楽器である。
よく知られる箏や和琴とはやや異なった構造をしており、その音色は、一面で神楽のための一編成に匹敵するとまでいわれている。東家秘伝の楽器とされているが、実際は昔ながらの形を守っているわけではなく、外界からの技術や様式なども取り入れ、貪欲に改良を重ねているらしい。分家ごとに形式も異なり、それを作る職人を囲い込んでいるのだという。
2025.01.16(木)