中央にいる分、相変わらず、若宮とその正室をめぐるあれこれはよく聞こえてきた。一度は憎いとまで思った女ではあるが、浮雲が早々に東領に帰ったのは、彼女自身のためにも良かったのだろうと思えるようにまでなった。

 入内が叶わなかった以上、誰かのもとに嫁がされるかと思われた浮雲は、しかし不思議なことに、そのまま本家に囲い込まれているようだった。

 ――「好いたひとがいるから」と、本人が語っているためだという。

 その噂が流れてきた際、他の者は若宮のことだと信じて疑わなかったが、伶だけは違う者に心当たりがあった。

 もしやそれは、彼女と音楽を通して結びついた、自分のよく知る人物ではあるまいか、と。

 だが、間違ってもそんなことを口に出せるはずもない。

 時折、東領から届く文により、倫が本格的に楽士を目指し始めたことを知った。再びの、違った形での挑戦であるが、伶はそれを心から応援した。

 ただ弟が幸せであればとそれだけを祈り、いつしか中央にやって来てから、五年の月日が流れていた。

 順調に宮廷の楽士として働いていた伶のもとに、倫が死んだ、という知らせが届いた。

 何が起こったのか、全く分からなかった。

 知らせを受け、急いで向かった東領において知らされたのは、伶の半身とも言える弟が入水したのだという、にわかには信じがたい話であった。

「何かの間違いでは?」

 茣蓙(ござ)をかけられた遺体の前で、号泣する母の肩を抱きながら呆然と問う伶に、状況を調べたという役人はそっけなく首を横にふった。

「残念ですが、弟御が自ら沼に入ったのは間違いがありません。事故が起こるような場所ではないのです」

「行きずりの強盗などに、害されたとか」

「そのような痕は見られませんでした」

「では、何故、倫は死ななければならなかったのです!」

 伶の知る限り、弟は東家お抱えの楽士を目指し、実直に日々を生きていた。誰かともめごとを起こしたという話なども聞いたことがなく、むしろあの人柄から、自分などよりもよほど周囲から愛されていたように思う。

2025.01.16(木)