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衝撃的な“3分33秒”の裏話

――富田さんはじめ俳優さんたちの真に迫る演技と画づくりが醸し出すリアリティに、まるでドキュメンタリーを観ているような錯覚に陥るのですが、「その瞬間の空気」に応じて飛び出した​アドリブもあるのでしょうか。

安達 台詞はほとんど台本通りです。ただ、ありがたいことに、ほぼ順撮りで作らせてもらえたので、「18歳の灯から始めます。ここから一緒に経験していきましょう」という撮り方ができました。灯として場所を感じ、出会う人を感じて、というステップを富田さんにひとつひとつ積み重ねてもらいました。

――灯がお守りのように持っている「ノート」が重要なアイテムですが、中の文面はどなたが書いたのでしょうか。

安達 私が「ノートのどこをめくっても全部映す」と言ってしまったので、美術スタッフと助監督が悩みに悩み抜いて(笑)。一部富田さんに書いてもらった直筆を真似て、灯になりきって、スタッフに文面を考えて書いてもらいました。ものすごい労力の果てに出来上がったノートです。

――ネタバレになるので詳細は省きますが、とある長回しのシーンが衝撃的で、ストップウォッチで計ってみたら3分33秒ありました。あのシーンの意図を教えてください。

安達 撮影時はワンカット長回しで、ほんの少しだけ編集が入っていますが、お芝居の流れ通りのシーンに仕上がっています。最初は「ドアの中も撮ります」と言っていたんですが、撮らなくても灯の感情は伝わるなと思ったので、ドアの外からの映像だけになりました。「出てこられるようになったら出てきてください。なんぼでも待つんで」と言ってカメラを回しました。

 こちらには音だけが聴こえるので、「あ、バッグを開けてノートを見はじめた」「深呼吸しはじめた」「灯が深呼吸できるようになった!」と、撮りながら私もなんだか嬉しくなってしまって。立ち上がる灯の姿が磨りガラス越しに見えた瞬間、ちょっと泣きそうになりました。「ああ、よう戻ってきてくれた」みたいな。

 長いシーンではあるのですが、呼吸の中にすべて意味と感情と、理由がある。灯に流れる時間をちゃんと見せたいなと思って、あのシーンになりました。

――「灯に流れる時間をちゃんと見せたい」というのが、観ていてすごく伝わりましたし、作品全体として「時間」を大事に扱っているなと強く感じました。

安達 そうですね。「30年を描く」というこの作品のテーマにもつながるんですが、やっぱり、心の問題ってそんなに簡単に解決しないんだなということを、取材しながら撮影しながら、ずっと感じていました。30年経って街は着実に復興していくけれど、「これだけ時間がかかるんだ」というのが伝わればいいなと。

 心の傷が癒えていく過程も、本当に人それぞれだと思いますし、人それぞれでいいと思うんです。灯は灯なりのペースで、自分の立場と折り合いをつけながら、少しずつ少しずつ前に進んでいく。この映画は、灯が、息ができるようになるまでの物語だと思っています。

2025.01.17(金)
文・写真=佐野華英