この記事の連載

 バラバラの個性を持ったニューロマイノリティ(自閉スペクトラムの特性を持った人を“脳の少数派”と位置付ける、ニューロダイバーシティの考え方)が集まる自助グループに参加したとき、「ここはムーミン谷だ!」と驚いたと、横道誠さんは語る。横道さんは文学研究者であり、40歳のときに自閉スペクトラム症および、注意欠如多動症を併発しているという診断を受けた。

 横道さんが、「ムーミン・シリーズは自閉スペクトラム症との相性がとても良い」「作者のトーベ・ヤンソンがニューロマイノリティだったのではないか」という仮説のもとにムーミン・シリーズを読み解き、当事者批評を行った『なぜスナフキンは旅をし、ミイは他人を気にせず、ムーミン一家は水辺を好むのか』より、一部を抜粋して紹介する。

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大小の対比の理由

 ムーミン・シリーズ第1作『小さなトロールと大きな洪水』(Småtrollen och den stora översvämningen)は、むしろシリーズ第0号作品と呼ぶべきものです。というのも本作は1945年に刊行されたのち、1991年まで再刊されることなく、実質的な「封印」状態にあったからです。ほかのシリーズ初期作品が何度も改訂されて、刊行されつづけたのとは対照的です。

 トーベが晩年に至って、ムーミン・シリーズの評価もすっかり定まったあとで、ようやく封印が解かれた「未熟」な印象の作品です。日本では1992年に翻訳書が刊行され、本書で使っている版では「ムーミン全集[新版]9」(最終巻)として収録されています。

 内容としては、姿を消したムーミンパパをムーミンママとムーミントロールが捜索するというものになっています。ムーミントロールがトーベの、ムーミンパパがファッファン(※編集部注 トーベの父の愛称)の、ムーミンママがハム(※トーベの母の愛称)の分身だろうことは容易に想像がつきます。トーベは序文で「本のタイトルは、頭をひねったあげく、『グラント船長を探す子供たち』にならって、『パパを探すムーミントロール』とでもしたかった」と書いています(『洪水』p.5)。

 ここで『グラント船長を探す子供たち』と呼ばれている作品とは、幼少期のトーベが愛読したジュール・ヴェルヌの『グラント船長の子供たち』です。途中で「小さな生きもの」が旅仲間として合流しますが、このキャラクターはのちの作品では「スニフ」と名づけられるキャラクターです。ムーミンママは語ります。

「パパはいつでもどこかへ行きたいと思っていたの。ストーブからストーブへと転々とね。どこにいても気に入らなくて。ある日、どこかへ消えてしまった。あの小さな放浪者、ニョロニョロたちといっしょに旅に出てしまったのよ」(『洪水』p.23)

 「ストーブからストーブへと」という表現から、ムーミン・シリーズのキャラクターがとても小さい存在だということが示唆されています。書名も『小さなトロールと大きな洪水』ですから、主人公たちの小ささと、彼らと自然災害の大きさが印象的に対比されているわけです。森のなかをさまよう一行の様子も、ヘビに出くわす場面も、巨大なヘムレンさん(『洪水』ではヘムル)が描かれる場面も、大小の対比が鮮やかです。

 私としては、このような作品世界は、一方では第二次世界大戦という人類史上最大級の災厄をくぐりぬけたトーベが、人間界の運命に対して寄る辺ない感情を覚えていたということに、他方では、自覚のないままニューロマイノリティとして不安定に生きていたことに関係しているのではないかと想像してしまいます。

2024.10.29(火)
文=横道 誠