ユートピアを用意したはずが、ぞっとするようなディストピアが

 1970年代にアメリカの人口学者が行った実験があります。これは「ユートピア実験」と呼ばれることもあり、ユートピアを用意するとその集団は絶滅する、という逆説的な結果になることで知られています。

 まず広さ、安全、清潔さ、豊富な餌など何もかも揃った環境をネズミに用意します。初めのうちは個体数が増えていきますが、やがてオスたちの間に格差が生じ、力を持ったアルファオスは弱者であるベータオスを攻撃して排除し始めます。メスたちはアルファオスに群がりますが、いずれのオスにもメスを守る余裕がなくなり、メスも自ら攻撃力を持ち始めます。 

 その分、巣づくりの力が削がれて子ネズミの生存率が単調に下がっていきます。そして少子化の時代がやってくる。まともな育てられ方をしていない子世代は大人になっても子育てができなくなり、さらにこの様相が進むと異性に興味を持たなくなって交尾すらしなくなるのです。一方でオス、メス構わず、子ネズミまで犯すオスが現れる。ユートピアを用意したはずが、ぞっとするようなディストピアが出来上がる。

 

 少子化は加速度的に進み、ネズミたちは超高齢化社会を迎えます。そこで辛うじて生まれた若いネズミたちは、もはや他個体にはまったく関心を持たず、交尾などは仕方を忘れてしまったかのように異性に対しても何もしない。関心があるのは自分のことだけ。ひたすら毛繕いをして、つやつやに輝く毛並みの美しい個体が増えていきます。そして、子どもの生まれないこの集団は滅亡します。この実験は再現性も確かめられています。

 これはあくまでもネズミの実験ですが、少子化、超高齢化社会、異性に関心を持たず自分の身繕いにだけ時間とコストをかける個体が増えていく現象など、人類もとても他人事と思っていられるような内容ではないのではないかと背筋に冷たいものが走ります。

混とんは福音である可能性もある

 私たちがユートピアだと思っているものはユートピアとは限らないかもしれない。混とんがなければ我々は健全ではいられないかもしれない。そういうことをこの実験結果が示唆しているのだとしたら……。「次世代に混とんを残してしまった」と武田さんは葛藤しておいでですが、むしろその混とんは福音である可能性もある、ということになりはしないでしょうか。

2024.10.05(土)