私たちは意外と声が出ないもの

 本当に驚いたとき、本当に助けが欲しいとき、私たちは意外と声が出ないものです。というのも、声帯が緊張して震えさせることもできず、さらには「息を呑む」というとおり、一瞬呼吸も止まります。呼吸が止まったら声帯に空気が通りませんから声を出すことはできません。

 極端な例をお話ししますが、溺れる人は声を上げられず、ただ静かに沈んでいきます。なぜなら、発声するための息を吸うこともできないからです。手を振って合図することも困難です。両手は、水をかくので精一杯になってしまうからです。助けを呼べないまま、水面を必死にかいて疲れ果て、やがて深部体温が奪われ、最後には力尽きて沈んでいくのです。溺れた時に採るべき行動は、人を呼ぼうとしたり、焦って水をかいたりすることではなく、静かに浮いて待つことです。けれども多くの人は冷静さを失い、自ら生き延びる道を絶ってしまうのです。

「音」や「声」はSOSを発信するツールではないのかも

 危険な目に遭ったとき、人にそれを伝えるのももちろん大事ですが、冷静に判断して落ち着いて振る舞うことが生き延びるための策としてはよい場合もあります。普段からキャーキャー言えないということであなたのご先祖さまは助かってきたのかもしれません。そもそも自分は声が出せないということを知っているだけでも、ほかに採るべき方法を冷静に考えられるでしょうし。

 また、あなたにとっては「音」や「声」は楽しむために発するものであって、SOSを発信するツールではないのかもしれません。「いずれ淘汰されてしまうのでは」と心配されていますが、あなたが今、生きていること自体が既に淘汰の結果なのです。数十万年に及ぶ人類史の勝利者として、もっと自信を持ってください。

text:Atsuko Komine

「多様な価値を認める寛容な大人を演じていたつもりが…」武田真一(56)アナの“悩み”〉へ続く

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2024.10.04(金)
文=中野 信子