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売れっ子だという自分の立場に溺れることもない

 「お芝居のほかに歌もあって、忙しくて大変でしょう」と訊くと、「マイクの前に立って、一人になる瞬間が好きなの」と言っていました。決して弱音は吐かないし、売れっ子だという自分の立場に溺れることもないので、舌を巻きました。

 私など、お父さん役の中条静夫さんに「今日のお弁当は美味しくなさそうだから、どこか外へ食べに行こう」なんて言ってしまいます。でも百恵さんは行かないし、文句も言わず、用意されたお弁当を食べていました。自分がきちんとしていないと足をすくわれることが、あの歳でわかっていたんですね。

 ある日は「お母さん、『紅白歌合戦』の振り付けを習ってきたから、ちょっと見てくれる?」と言って、狭いお化粧部屋で「♪一二三四、二二三四♪」と踊ってくれました。「ここんとこ、どうやったらいい?」「もう少し、足を上げたほうがいいわね」「こうかしら?」なんてやっているときは、本当に可愛かった。

 百恵さんの役は、陸上選手として活躍していたのに、新米刑事の撃った銃弾が間違って当たり、車椅子生活になってしまった娘という設定でした。次第に惹かれ合っていくその刑事が、三浦友和君。間でおろおろするのが私です。

 「はい、掴まって。よっこいしょ」なんて言いながら、私が百恵さんを抱き上げてベッドに寝かせたり、着替えをさせてあげたりするシーンがありました。吹雪の中、浅間山の頂上近くへロケにも行きました。友和君と「すごい雪の中に来ちゃったね」と言いながら、私は着物を着て長靴を履いて、百恵さんの車椅子を押して撮影したのです。

 「赤いシリーズ」は何作も続いて、いろいろな女優さんがお母さん役を演じました。

「草笛さんは、本当にお母さんらしいお母さんでした」

 と百恵さんがポツンと言ってくれたのは、そんなふうにスキンシップの多い役柄だったせいで、特別な情が湧いたのかもしれませんね。

2024.09.20(金)
文=草笛光子
写真=文藝春秋