「人間が描く絵の生々しさ、魅力」という言葉は、単に『ルックバック』に関する藤本タツキや押山清高の手法だけではなく、日本のアニメ・マンガ文化の本質を表現しているように感じる。

 スタイルが厳格に統一されたディズニーに比べ、日本のアニメはアニメーターの個性が強烈に出るスタイルだ。「宮﨑走り」「金田パース」など伝説的アニメーターの名前を冠して呼ばれる絵は、それ自体を解釈し鑑賞する観客も含めたひとつの文化を形成してきた。

 絵が上手いと一言で言っても、宮崎駿の上手さと大友克洋の上手さ、鳥山明の上手さはすべてちがう。そうした「人間が描く絵の生々しさ」を感じ取ることができる観客、成熟した市場を国内に確立したことが、『ルックバック』の10億を超えてまだまだ軽々と伸びる興行収入は証明している。

「人間が絵を描き動かすアニメ」の復権

 ディズニーは21世紀に入り、時代は3DCGに移行すると見て手描きアニメーターを大量に解雇した。ネットには今も、2004年にディズニーがフロリダのアニメスタジオを閉鎖し、97年には2200人もいた才能あるアニメーターのほとんどを解雇したことを報じる記事が残っている。アニメの本場であるディズニーがそうなのだから、時代はCGに移行し、手描きアニメなどいずれ廃れていくのだ、という未来予想が当時はあった。

 

 だがそれから20年が経った2024年の今、宮﨑駿や新海誠のアニメーションは世界を席巻し、日本国内では空前のアニメ需要によって腕のいいアニメーターの争奪戦が起きている。宮﨑駿の最新作『君たちはどう生きるか』で、別のスタジオから引き抜かれる形で参加したアニメーターの本田雄が、「全編、手書きでやる」(『君たちはどう生きるか』企画書)という宮﨑駿のスタイルに惹かれたことを『文藝春秋』(2023年9月号)のインタビューで語っているのは象徴的だ。

 一度はスタジオを閉鎖したディズニーが2021年に少数ながら手描きアニメーターの育成募集を出した、という報道もあった。もう手描きアニメなど時代遅れだ、と言わんばかりに才能あるアニメーターたちを解雇した21世紀初頭のディズニーの経営判断とは裏腹に、「人間が絵を描き動かすアニメ」は今、明らかに復権しつつある。

2024.08.24(土)
文=CDB