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『non-no』でチーズケーキを紹介

 当時日本で人気があったのはイチゴのショートケーキや、アメリカ風のアップルパイで、ザッハトルテもカヌレもクグロフもありませんでした。

 たとえば、いまサロンのメニューでもお出ししているサクランボのケーキは、ドイツ南西部のシュヴァルツヴァルト地方で生まれたケーキなので、「ドイツのサクランボケーキ」ではなく、「シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ」が正式名称です。

 このように、お菓子の名前も、材料名もすべて正確に伝える本『お菓子の手作り辞典』(1978年、講談社)を出したところ、「こんな本はなかった」と評判を呼び、大ベストセラーになったのです。

 近年、とある一流のパティシエから、「小学生のときに(私の)著書を読んで、お菓子の本物の世界を知って感動した」というお話をうかがったとは嬉しかったですね。

――私も小学生の頃、今田さんのご著書で、スポンジケーキの生地を「ジェノワーズ」、生クリームを「クレーム・シャンティイ」ということを学び、自分がお菓子上級者であるような気分になりました。チーズケーキを日本に普及させたのも今田さんですよね。

 はい。女性誌『non-no』(集英社)で、当時日本では一般には知られていなかったチーズケーキを紹介したところ、家庭で作れる手軽でおいしいお菓子として一気に広まったのです。

 「このケーキは今田さんのレシピですか?」と尋ねられたので、「いいえ、私はヨーロッパの家庭で伝統的に伝わってきたお菓子をご紹介しただけです」とお答えしたところ、編集長が「伝統は永遠の流行です」とおっしゃってくださって。そのお言葉を聞いて、もっと文化として伝統のお菓子を伝えていきたいと思うようになりました。

――お菓子教室を開いたのも、文化として伝えていくためですか?

 そうですね。それまで料理教室は、華道や茶道のように習い事のひとつというものがほとんどでした。でも私の教室では、単純にお菓子の作り方をお教えするのではなく、伝統を文化とした「おもてなし学」をお伝えしました。

 バブル期には「本物」の文化を体得するためにフランスのロワール地方のロゼール城を購入し、生徒さんをお城にお連れして授業をしたこともあります。

 「今田美奈子食卓芸術サロン」を開いたのも、お菓子作りだけではなく、人生に必要な教養としてテーブルセッティングなどのおもてなし術や、世界共通の礼儀作法、日常のマナーを学ぶ教室を開催したかったからです。

 続けていくうちに、一流のものを見極める力を身につけた生徒のなかから指導者を目指す方も出てきました。そうやって、ご縁がご縁を呼び、ビジネスとしても広がってきたのだと思っています。

2024.06.18(火)
文=相澤洋美
写真=榎本麻美