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 河合優実に会いたい! そう思って実現したのがこのインタビューだ。

 少し先の未来を描いた映画『PLAN75』の儚げなオペレーターから、1986年に生きる少女を溌剌と演じたドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)まで血の通った女性をヴィヴィッドに体現してきた、才能の塊。そんな彼女の最新作が、『あんのこと』だ。

 コロナ禍の東京で起きたある事件をモチーフにしたこの映画で彼女が演じるのは、少女時代から母によって売春を強いられ、ドラッグに依存するようになってしまった21歳の杏。刑事の多々羅(佐藤二朗)や、雑誌記者の桐野(稲垣吾郎)との出会いで、ようやく自分の人生を取り戻そうとするが――。『SR サイタマノラッパー』の監督、入江悠がパンデミックでの経験を交えて作ったこの映画で、彼女は「香川杏という女性を生き返す」という感情労働に挑んだ。

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実話を基にしながら実話から離れて演じる難しさ

――実在したある女性についての新聞記事がベースの作品ということで、どんなふうに杏という役にアプローチしたのか、またどんなお気持ちで演じられたかを教えてください。

 実在の人物がモデルなので、すごく強い気持ちがないと演じられないなと思っていました。稲垣さん演じる桐野のモデルとなった新聞記者の方が全面的に協力してくださって、監督の入江さんと一緒にその方に会いにいったりもしたんです。

 お会いした時点で脚本はほぼ出来ていましたし、映画と現実はまた別であり、「彼女の再現をやる」わけではないというのを前提に置きつつも、その方から彼女に関するあらゆるお話を聞かせていただきました。

 伺ったお話で特に大きなヒントになったなと思うのは、記者の方が彼女を思い出した時に一番思い浮かぶ姿を聞いたとき。「本当にずっとニコニコしてて、大人の影にちょっと隠れたがるような、子供みたいに照れちゃうような女の子」という印象だったそうなんです。それって多分、脚本を読んだり、境遇を聞いただけでは、私の頭の中には浮かんでこなかったと思うので、そのイメージを大切にしたいと思いました。

 一方で、映画にすると決めた時点で、「一旦実話から離れないといけない。そうじゃないと生きていた彼女に失礼になる」という話を入江さんとしていたので、すごく難しいことですが彼女の存在と適切に距離を取ろうとしていました。

2024.06.07(金)
文=石津文子
撮影=平松市聖
スタイリスト=杉本学子(WHITNEY)
ヘアメイク=上川タカエ(mod's hair)