『砂の城』では、16歳の主人公・泰子がだんだん大人になっていく過程が描かれます。冒頭が「十六歳の誕生日を早良泰子(さがらやすこ)は一生、忘れることはできないだろう」から始まるんですけど、私がそのとき16歳だったから、自分と同じ年だ!と思ったので、読むことができたんだと思います。

 けっこうシビアな話なんですけど、よくあのとき読めたな、と。でも、本を読むきっかけって、そういうちょっとした共通項なんですよね。主人公と私では、生きている時代や立場も違うけど、同じ16歳。それだけで、この本の世界に没頭できた。 

 

 主人公・泰子のお母さんは早くに亡くなっているのですが、そのお母さんが、「16歳になったら娘にこの手紙を読ませてくれ」と、手紙を遺していくんですよ。そこにこう書かれています。自分にはかつて好きだった男の人がいて、その人は兵隊として戦地へ行く前に、「負けちゃ駄目だよ。うつくしいものは必ず消えないんだから」とお母さんに言って、その人は去っていく。

 この兵隊さんのセリフが、ものすごく胸に響いたんですね。なぜかというと、当時の私は仕事を始めたばかりで、オーディションで落ち続けて撃沈してたんです。自分のどこがだめなのか? どうしたらいいのか? ということが皆目わからない。こたえが見つからない堂々めぐりの中で、この世界で通用しない自分はだめなんじゃないかな、と行く先が見えなくなっていました。事務所の人にも、「この子、期待はずれだった」と思われていたかも。「今の自分はもうだめなんだ」と自分で自分を否定し、どうにもならないときに、その言葉をかけられたような気がしました。

 要するに、「うつくしいもの」――心の芯にある純粋な気持ちと私は捉えて、そういう気持ちは消えないんだよって、その兵隊さんに言ってもらった気がしたんですよ。だから、もうちょっと頑張ってみようって思えた。本の中のセリフが自分の中にこんなに大きく響いたことはそれまでなかったですね。このセリフが当時の自分を支えてくれたんです。

2024.06.15(土)
文=「文春文庫」編集部