原稿から顔を上げて最初に頭をよぎったのは「これはすでに発表されている作品を持ち込んできたのではないか」という疑念でした。それほど、完成度が高すぎたのです。

 翌日、勢い込んで京極さんのお宅に電話をすると、ご家族の方曰く「1週間ほど出張に行っております」とのことで、またあらためてご連絡することになりました。その1週間は、とにかく待ち遠しかったですね。

 1週間後に電話をして京極さんと連絡が取れたとき、真っ先に僕は「この『姑獲鳥の夏』は本当に自作未発表作品でしょうか」と尋ねて、疑念がただの杞憂だったことに安堵しました。

 

 それから、出版部長の小田島さんに「こういう原稿が届きました、傑作です。ぜひ出版させてください」とお願いして許可をもらい、京極さんに初めて会いに行きました。

 よく「京極さんと初めて会ったときの印象はどうでしたか?」と聞かれるのですが、不思議なほど特別な印象はないのです。喫茶店で初めて京極さんと対面したときには「ああ、やっぱりこの人があの小説を書いたんだなあ」と、とにかく腑に落ちるような思いでした。打ち合わせを始めると、さらにその思いは強まりました。ただ、のちに京極さんが講談社の販売部に来られたことがあるのですが、「入口のところに死神のように怖そうな人が立っているぞ」「あの人は何者だ」と大騒ぎになったそうです。そういう話を聞くと「あれ、僕の感想のほうがずれていたのかな」ともちょっと思いました。

「この人の次の作品も絶対に出したい」

 お会いしてから思ったのは、「この人の次の作品も絶対に出したい」ということ。『姑獲鳥の夏』はノベルスとしては圧倒的に長い作品でしたから、まだその時点では売れるかどうかはわかりませんでした。そのことは京極さんにも正直に言って「でも僕は大好きなので、ぜひ次の作品も出したいと思っています」とお伝えしたのを覚えています。僕は純粋に、彼が書く次の作品を読みたかったのです。

2024.06.04(火)
著者=唐木 厚