僕は民俗学には割と興味がありました。

「それじゃあ送ってみてください。ただし、こういう形なので、2、3ヶ月、場合によっては半年くらいお待たせすることになると思います」

 そんなふうに話して自分の名前と編集部の宛先を告げ、電話を切りました。ここでお返事に長時間かかると言ったのは、もちろん意地悪をしたかったわけではありません。マンガの持ち込みの場合は、その場で作品を評価することができますが、小説だと長編作品を読み終わるまでには最低でも数時間かかります。通常の仕事の合間にその時間を確保するのはなかなか難しいので、そういう答え方にならざるを得なかったのです。

 

 この電話で相手が開口一番「小説を書いたので読んでください」と言ってきた場合、もしかすると僕は断っていたかもしれません。そういう電話は当時少なくなかったですから。しかも原稿用紙800枚。ですが、電話での受け答えが非常に丁寧でしっかりされていて、僕はその電話の主に好感を抱きました。ちなみに原稿用紙800枚というのは、ノベルスにした場合400ページぐらいのボリュームになります。当時のノベルスの平均的なページ数は240ページぐらいでしたから、あまり例のない長大な作品ということになります。

 そしてゴールデンウィークが明けて出社すると、僕の席には重い段ボール箱が届けられていました。普通、原稿は封筒に入れて送られてくるものなので、びっくりしました。それが件の電話の主からの投稿作品だったのです。

 封を破り、分厚い原稿の束を取り出します。

「小説 姑獲鳥の夏」――1ページ目には、そのように記載されていました。

 京極夏彦の衝撃のデビュー作は、こうして僕という編集者のもとへやってきたのです。

『姑獲鳥の夏』との遭遇

 綺麗に印字された原稿だったので、手に取って「まあ、ちょっとだけ目を通して、あとは時間のあるときに読もう」と思いページをめくりました。すると、原稿から目を離せなくなりました。途中で読むのを止めることができず、その日の仕事は後回しにして、家にも持ち帰って夢中になって読み続け、その日のうちに読み終えたのを覚えています。

2024.06.04(火)
著者=唐木 厚