![タンタン。(筆者撮影、以下同)](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/e/a/1280wm/img_ea981f4e866be7786a1aa7608e897d80264024.jpg)
中国・四川省の臥龍で1995年9月16日に生まれたジャイアントパンダのタンタン(旦旦)。28年半の生涯のうち、前半はさまざまな変化に見舞われ、最後の3年間は病と闘いました。
4歳だったタンタンは2000年7月16日、「日中共同飼育繁殖研究」の一環で神戸市立王子動物園にやってきます。一緒に来たパンダはコウコウ(興興)。中国側はオスとして送り出しましたが、メスのタンタンとの間で繁殖できないと分かり中国に返還。代わって2002年12月9日に来たオスがコウコウの名を引き継ぎました。
![四川省の臥龍で生まれたタンタン。](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/5/5/1280wm/img_555655886928fbe5d3dfcf8445f8bac2211890.jpg)
![王子動物園内に展示された輸送箱と中国にいた頃のタンタンの写真(2022年7月31日)。](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/5/a/1280wm/img_5aaf9f6e846df9b24ba63eac84ed07ac112664.jpg)
赤ちゃんとパートナーの死
タンタンは2007年8月12日に死産となるも、2008年8月26日に出産。赤ちゃんは、国内で20年ぶりに誕生したパンダでしたが、3日後の8月29日に息を引き取りました。同年5月の四川大地震の影響で、通常なら出産・育児の支援に来てくれる中国ジャイアントパンダ保護研究センター(以下、パンダセンター)の専門家が来られなかったことも痛手でした。
赤ちゃんを亡くした後のタンタンは、時おりニンジンを大切そうに抱き続け、舐めるように。パンダの母親が赤ちゃんに対してする仕草です。外で小石を拾ってきて、抱き続けたこともあります。この「偽育児」は2020年まで続きました。
コウコウは2010年9月9日、麻酔から覚める途中で死亡。神戸市は賠償金として50万ドルを保険金で中国側に支払いました。コウコウの亡骸は中国へ送られ、王子動物園のパンダはタンタンだけになりました。
![タンタンの屋外エリア。隣には、コウコウの死後もコウコウの屋外エリアがある。](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/2/0/1280wm/img_20c0aa17ad466628938cd6be9b4ebd9c185015.jpg)
2024.04.06(土)
文・写真=中川美帆