僕はいつもなんとなく相槌を打ちながらその愚痴を聞きました。それは自分の仕事の一部であり、彼らにとってそんなことをあけすけに吐き出せる場は他にそうそう無いことも知っていたからです。そして彼らの鬱屈自体はよく理解できました。
愚痴を言っている彼らも、重々わかっていたこと
しかし、そんな弱音をじれったく思っていたのも確かです。「甘いんだよ」とでも言いたくなる気持ちもありました。「それがあんたの選んだ道だろう?」と。でも決して口には出しませんでした。なぜなら、彼ら自身もそれが「甘え」であるということ自体は重々わかっていそうだったからです。
その代わり、ちょっと無責任な提案を行ってみたりもしました。
「ちゃんとイタリアンらしいオーダーをしてほしいんだったらさ、夜のメニューは思い切ってプリフィックスコースだけにしたら良くない?」
彼らはその場では、それも良いかもねえ、なんて言いますが、実行に移されることはありませんでした。なぜならそれをした瞬間、「スパゲッティ屋のつもりで来る若いカップル」は二度と来なくなるからです。愚痴は言いつつも、そんな人々無しに経営が成り立たないことは、彼らも百も承知だったことでしょう。
「ペペロンチーノもカルボナーラも、『現地風』と『日本風』の2種類ずつメニューに置くってのどう? みんなのカルボナーラ950円、本場風カルボナーラ1,300円、みたいな」
これは割と真面目な提案のつもりだったのですが、酒の席での与太話として、笑いと共に深夜の空気に溶けていっただけでした。
余談ですが、その後この「現地風と日本風の2種類ずつをメニューに置く」というアイデアを、自分たちのエスニックカフェで採用したことがあります。全てのメニューというわけではありませんが、トムヤムクン、ヤムウンセン、ガパオ、といった定番メニューに関しては、現地の味そのままを再現したものと辛さやクセを抑えた食べやすいものを両方メニューに載せたのです。
この話はこの話でちょっと面白いのですが、本題から逸れすぎるので、またいつか機会があったらお話ししましょう。
2024.02.11(日)
著者=稲田俊輔