「産んだ記憶ある」
飯間 内容を見ていきましょう。オタク用語に詳しくない人にこそ、この辞書を楽しんでほしい。思いも寄らない発想力で言葉が作られていて感心します。たとえば、「産んだ記憶ある」というフレーズはすごいですね。〈推しが可愛くて愛おしいあまり、尊い愛情がとめどなく溢れ出てしまい、「なぜ、こんなに愛情を感じてしまうのだろう…? この推しは自分が産んだにちがいない!」と信じ込んでいる〉。産んどらんわ! と言いたい(笑)。
小出 アイドルのように実在する相手に対しても、アニメやゲームのキャラクターなど2次元の人物に対しても使うようです。逆もあるんですよ、「産まれたかもしれん」。
飯間 「推しの腹から産まれたい」とか言うんですね。
小出 推しに対する母性を感じたら「産んだ」、推しから母性を感じたら「産まれた」になるそうです。昔、「バブみ」「ママみ」なんて言葉もありましたけど。
飯間 ああ、似てるかも。
小出 昔は相手から母性を感じるときに「バブみ」を使っていたと思うのですが、今は反対に、相手がバブバブしているときに使うとか。この変化は、用例を採集したのが女子大であることも関係しているかもしれません。男性が使うときも同じように変化しているのか気になります。
飯間 相手が赤ちゃんっぽい場合ですね。意味が変わってきているということでしょうか。面白いな。いわゆる「推し活」(推しを応援する活動)の中では「担」を使った言葉が多いですね。
小出 「担当」ですね。〈応援し育てる対象。「推し」よりも、使命感を持って応援し、育てていかなければならない〉。
飯間 自分の担当が「自担」、同じ人物を担当するのが「同担」。担当をやめるのが……。
小出 「担降り」ですね。でもこれ、K-POPオタクの子に聞くと違うんです。「ペン卒」と言うんだそうです。
飯間 ああ、載ってますね。〈あるアイドルやグループなどのファン〔韓国語でペン〕を辞める〔=卒業する〕こと〉。fanは韓国語読みで「ペン」になりますね。例文に、「推しの兵役中にペン卒した」とあります。韓国のアイドルは、兵役で2年ぐらい活動できなくなってしまうからなんですね。この例文の人、薄情だな(笑)。つまり、分野によって「担降り」とも言うし、「ペン卒」とも言う。分野が変われば言い方も変わるというのは、一種の方言みたいで興味深いですね。
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本記事の全文「オタク用語辞典という偉業」は、「文藝春秋」2024年2月号、および「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
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2024.01.29(月)
文=飯間浩明、小出祥子