食ってかかるぼくに、鈴木さんは笑いながらこう言いました。
「じゃあさ、今回の件、この1年で起きたことと比較して、どれくらい深刻だと思う?」
当時は、長編作品が動いていて、現場では日々、さまざまな問題が起きていました。
「……まあ、それほど深刻でもないですね」
思わずそう、答えていました。
「だろ。いい? 人生において、本当に怒らなければならないことって、せいぜい1年に2回くらいしか起きないの!」
鈴木さんは大きな声で言ったあと、身を乗り出してこう言いました。
「石井さ、今日から怒りに10段階のランクをつけな。カーッとなったら、いまの自分の怒りは、1年間で、どれくらいのレベルなのかを考える。だいたい、1か2だってことに気づくから。そしたら、感情的にならず、顔にも出さず、落ち着いて対応すればいいの」
「でも、1年に2回は、本当に怒らなければならないときがある。そういうときは、怒るって決めて、怒ることによって物事が進むようにしなければダメ。ただ怒ってるだけじゃ、何も変わらないぞ」
合理主義者の鈴木さんは、怒りまでコントロールしているのか……と驚きましたが、この方法を真似してみると、非常に実用的でした。
「よし。じゃあそろそろ、怒るか!」
1年のうち、本当に怒らなければならない瞬間は、2回しかない。
言われてみると、そうなのです。いかに自分がふだん、どうでもよいことに対していちいち怒っているかに気づかされました。
むやみに感情をゆり動かさない。自分のなかに湧き上がる怒りをも、何かを進めるための道具にする、というこの方法は、とても健全です。
日々湧き起こる、さまざまな怒りをまるで経験値のようにためてゆく。そして、それが本当に「必要な怒り」になったときに、満を持して使う。
最近鈴木さんと仕事をしたスタッフから、こんな話を聞きました。以前から問題行動のある取引先スタッフとの契約を清算したときのエピソードです。鈴木さんは、関係者全員を集め、繰り返されてきたスタッフの問題行動と、事実関係をすべて把握したあと、こう言ったそうです。
「よし。じゃあそろそろ、怒るか!」
『もののけ姫』で、主人公のアシタカが放つこんな台詞があります。
「そなたの中には夜叉がいる、この娘の中にもだ。みんな見ろ、これが身の内に巣食う憎しみと恨みの姿だ。肉を腐らせ、死を呼びよせる呪いだ。これ以上憎しみに身をゆだねるな」
怒りに自分を蝕まれるも、怒りを自身の武器として使うも、自分次第なのです。
〈「急がなければならないことほど、ゆっくりやれ」日本一のせっかち男・宮崎駿&鈴木敏夫と一緒に働いてわかった「いい仕事をするための極意」〉へ続く
新装版 自分を捨てる仕事術 鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド
定価 1,760円(税込)
WAVE出版
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
2024.01.12(金)
著者=石井朋彦